イルカは世間で思われているほどは賢くない?

(ディスカバリー誌ブログ(2013年10月4日)からの訳。10-Aug-2014)
原題: "Are Dolphins Not as Smart as We Thought?"

エリック・バンス(Erik Vance)サイエンス・ライター



ダグラス・アダムスの古典的ユーモアSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』には、人間より賢いとされる動物がいくつか登場する。 第一は皮肉なことだが、ありふれた実験用マウス。2番目は、惑星を最終的に消滅させてしまう銀河間ブルドーザーについて知っていて、差し迫る破滅について人類に警告しようとするイルカである。

"イルカの最後のメッセージはアメリカ国歌のメロディーを発しながら、輪を後方2回宙返りでくぐり抜ける洗練された試みと誤解されたが、実際には「さようなら。そして餌の魚をありがとう」という意味だった。"

これはお笑いのオチではあるが、一方、イルカが他の動物よりも遥かに抜きん出たレベルの知性を持つという、長年抱かれてきた思いを反映している。 世間一般の意識では、イルカは知能が高くて行動も複雑であり、ある種の原始的な言語を使う、というのが既定の事実となっている。 しかし近年、動物の行動に関する研究の周辺では、ある種の再整理が進んでいる。


イルカ例外主義
動物の中でイルカが崇敬されるという状況は1960年代のイルカの研究者であり、向精神薬の 愛好者でもあり、イルカは知能が高いという見解(後年には人間よりも知能が高いと示唆)を初めて世に広めたジョン・リリーに始まる。

リリーは最終的には信用を落とし、1970年代以降はイルカの認知能力研究に大した貢献をすることはなかった。 主流の科学者たちは、リリーのアイデア − イルカが精神的にも賢明であるという奇怪なものから、イルカはホログラフィー像でコミュニケートするという穏やかなものまで − から距離をおいたものの、それでもリリーの名前はイルカの知能の研究から切り離されることはないようである。

11月に出版される『イルカは本当に賢いか?(Are Dolphins Really Smart?)』の中でジャスティン・グレッグ(Justin Gregg)は「ほとんどのイルカ研究者は同意すると思うが、彼はイルカの知能の研究の創始者である」と書いている。

リリーの研究以降、イルカはテレビの画面に映った記号を理解したり、自身の体の異なる部分を区別したり、鏡に映った自身の姿を認識したり、非常に複雑なホイッスルのレパートリー(個体の識別の用いられる「シグネチャー・ホイッスル」も含む)を持つことがわかってきた。

だが、これらのいくつかは近年になって疑いがもたれている。 グレッグの著書は神経解剖学や行動やコミュニケーションに関して、イルカは特別であるという考えと、他の動物と同等であるという考えの対立についての最新の具体的紹介となっている。


なぜ大きな脳なのか?
イルカの高知能説の後退はこれまでのところ、解剖学的および動物行動学的な2つの分野でおきている。

最初の分野では、解剖学者ポール・マンガー(Paul Manger)の最近の雑誌論文において、イルカの大きな脳は知能とは無関係であるという長年の立場を強調している。

マンガーは南アフリカのビトバーテルスラント(Witwatersrand)大学に籍をおくイルカの偶像打破の研究者であり、以前にイルカの大きな脳は認知機能よりは体温保持の助けとして進化してきたらしいと主張していた。 2006年のこの論文はイルカの研究者の間では広く批判の的となった。

マンガーが単独で書いた今回の新しい論文は脳の解剖学、考古学的記録、しばしば引用される動物行動学的研究に批判の目を向け、イルカは他の脊椎動物と比較して特に賢くはなく、大きな脳は他の目的のために進化してきたと結論づける。 前の論文とは異なり、2011年9月のDiscover誌に掲載された鏡に映った自己を認識するテストなどの行動観察を数多く取り上げ、それらは不完全であったり、不正確であったり、データが示す以上に誇張されていると主張する。

エモリー(Emory)大学のローリ・マリーノ(Lori Marino)は大きな脳による知能説の擁護者であり、マンガーの主張に対して複数の研究者による反証が進められていると言う。


考え直そう
イルカの行動は主張されてきたほどには目覚しいものではないという主張はグレッグによってなされている。 プロフェッショナルなイルカ研究者として(アニメの声優でもある)、グレッグは認識研究においてイルカが達成することには敬意を表するものの、一般大衆と一部の研究者がそのレベルをデータが示す以上に誇張していたり、また他の動物の行動にもイルカと同じように多くの優れた特徴があると考えている。

グレッグは自著の中で、イルカの自意識の証拠とされる鏡像による自己認識のテストに疑問を投じた何人かの専門家を引用している。 グレッグによると、タコやハトも鏡の前でイルカと同様な反応を習得できるという。

更にグレッグは、イルカのコミュニケーション能力も過大に評価されていると付け加える。 イルカのホイッスルやクリックは確かに複雑な音声シグナルではあるが、そこには(際限のない概念の存在、感情からの独立などのような)人間の言語の特徴を示すものは何もない点に注意を向ける。

彼はまた、数学の一分野である情報理論をイルカのホイッスルに含まれる情報に適用する試みについて、情報理論が動物のコミュニケーションの研究に適したものかを疑う研究者たちの意見を紹介している。

グレッグは、イルカが様々な印象的な認知能力を示す一方で、他の多くの動物もまた同様であると強調する。 しかし、彼の著書に登場する生き物は、どれもが見栄えがよいわけではない。 最初の章で彼は、多くの指標によってニワトリはイルカと同様に認知能力があることをほのめかす。 そして後の章では、イルカがテレビ画面を理解できることを認めながら「8つの目を持ち、体の大きさの割には大きくて脚の方へはみ出た脳を持つハエトリグモもまた、同様に能力が高い」と書く。


状況は好転?
マンガーのような研究者はイルカの認知能力を研究した中では少数である点に注意するのは重要である。 また、グレッグもイルカが凡庸であるという考えには距離を置いており、むしろ、他の動物もまた我々が考えてきたよりは賢いと主張している。

だが、一般的ではないにしろ、「さえない」(少なくとも「普通な」)イルカ論は考慮に値する。 霊長類の自己認識能力を調べるために初めて鏡を用いた行動神経科学者のゴードン・ギャラップ(Gordon Gallup)でさえ、イルカの能力が人間に近いという件には疑問を表明している。

「イルカが鏡に映った自己を認識できるという証拠は貧弱である。それは実質的なものではない」とギャラップは2011年に筆者に語った。 「(実験のビデオは)私の見解では説得力とは程遠いものだった。それは示唆的ではあっても全然決定的ではない」

イルカ例外主義に対する反論は3つの点に要約される。 まずは、マンガーが強調するように、イルカは他の動物に比べて特に賢くはないという点。 次に、ある動物種を他の種と比較するのは困難であるという点。 最後に、この点について確固とした結論を出せるような優れた研究は十分にないという点である。

著書の『イルカは本当に賢いか?』において、グレッグ自身も「イルカはかなり賢い」という以上には自分の疑問に答えられないでいる。 イルカはテレポートできるわけでも、高度の数学ができるわけでもない。 また、SFにおけるように、全世界が銀河間ブルドーザーによって全滅させられる前に警告を発しようとするわけでもない。

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