(シュピーゲル誌オンライン(2013年9月27日)からの訳。10-Aug-2014)
フィリップ・ベートゲ(Philip Bethge)
上で生物学者のジャスティン・グレッグ(Justin Gregg)が述べているのはニワトリについてである。
グレッグは言う、「ニワトリは世間一般で思われているようには頭は悪くない」
更に付け加えて「これらの複雑な行動のいくつかはイルカにも観察される」とも言う。
本当に?ニワトリはイルカと同じように賢いの?
いや、言い方を変えて「イルカは本当に賢いのか?」
これこそが、アメリカでイルカ・コミュニケーション・プロジェクトに参加する動物学者グレッグが同名の著書で問う疑問なのである。
そして、イルカの知能に関する知見に欠点を見出しているのは彼だけではない。
50年以上の間、イルカは人類や類似猿に並ぶ例外的に知能の高い動物であると見なされてきた。
しかし近年になって、この件について科学者の間で論争が起きており、海の賢いヤツは実は平凡な動物だった、ということになるかもしれない。
「我々は理由も無くイルカを台の上に載せて、我々の願望や願いをイルカに投影した」と、南アフリカのビトバーテルスラント(Witwatersrand)大学の神経動物行動学者であるポール・マンガー(Paul Manger)は言う。
教授によると、イルカが非常に複雑な脳を持ち、洗練された言語を用い、自己認識能力があり、道具を使うことができるという主張はナンセンスであるという。
マンガーによると、いくつかのケースでは、小型鯨類であるイルカは金魚にも劣るという。
彼によると、鉢の中の金魚は大胆にもジャンプして外に逃げようとするが、網に囲まれたイルカはジャンプして逃れよう試みることすらしないという。
「各段に知能が高いイルカという考えは虚像である」とマンガーは結論づける。
更に実験を重ねた結果、リリーはイルカには人間のような会話能力があると確信し、イルカとの交流を試みた。
イルカとのコミュニケーションの強い欲求のため、リリーは自身とイルカにLSDを使用して会話を促進しようとした。
彼は間もなくアメリカの西海岸へ移り、ヒッピー世代の精神的リーダーとなってニューエイジ・イデオロギーと進行中のイルカ研究を混合した本を書いた。
リリーはイルカが「いかなる人間よりも知能が高い」と主張し、イルカが哲学や倫理や音声で語り継がれた歴史を持つとまで主張した。
リリーの遺産をごちゃ混ぜにしたものが今日までの我々のイルカ観を形成している。
芸術家はイルカが宇宙を泳いでいる水彩画を描く。
大衆の知識ではイルカは平和と無条件の愛の大使であり、奇跡的な癒しの力を持ち、宇宙時代の開拓者を火星にテレポートさせることができる。
行動科学者は大半の理性的な人々と共に、これらが全てナンセンスであることに同意する。
だが今なお、イルカの知能の程度は論争の的として残っている。
以上のことからイルカを動物界での特別なグループに含めるのは理にかなっているように思える。
しかし、海の生き物と陸上の生き物では大きな脳というのは同等の意味を持つのだろうか?
2006年、ポール・マンガー(Paul Manger)は鯨類の大きな脳は体の器官を低体温から守るために発達したもので、冷たい海では役に立たないと主張した。
マンガーはイルカの脳においてグリア細胞の占める割合が異常に高い点を指摘する。
彼によるとこれらの細胞は脳を温める微小のオーブンのように機能するという。
また彼は、イルカの脳が比較的に単純な構造であることを付け加え、「他の動物にみられるような情報の複雑な神経処理は、イルカの脳では欠けているか貧弱である」という。
一方で、オーストラリアの西海岸には海底を掘り返す際に口先にカイメンを付けるイルカがいる。
これは道具を使う例であって高い知能を示すのではないだろうか?
マンガーは懐疑的であり、「イルカがカイメンで何をしているのかは不明である」と言い、道具として使っている証拠は薄いと言う。
他の例はイルカが言語を持つという主張である。
ある実験では研究者はバンドウイルカに40もの記号を教えることができた。
イルカは記号の組み合わせについても正しく解釈することができた。
これはマンガーも認めるが、しかしヨウム(African grey parrot)やカリフォルニアアシカもまた、同様な記号ベースの言語を習得できる。
科学者の社会では、動物学者のグレッグがDolphineseと呼ぶイルカ語についても同様に見解が分かれている。
それぞれのイルカは自分に固有なシグニチャー・ホイッスルというもので自分を認識できることは知られている。
また、イルカは他にも多くの音声シグナルを用いる、と彼は付け加える。
だが、それは本当に特別な能力なのだろうか?
グレッグによると、ミツバチのダンスもまた同様に複雑であるという。
「おそらく、イルカが人間の言語と同様に複雑な言語を持つということはないのではないか」と、動物のコミュニケーションの専門家である彼は言う。
アトランタにあるエモリー(Emory)大学の神経科学者ローリ・マリーノ(Lori Marino)もまた、マンガーやグレッグの結論に強く反対する。
「数十年にわたる審査済みの科学研究を無視するわけにはいかない」と彼女は言い、イルカは高度な知能を持つという数多くの兆候があることを指摘する。
例えば、科学者はイルカが魚の群れを取り囲むためにいかに協調するかを観察してきた。
互いの関係を強めるため、イルカは彼ら流の愛撫を行う。
また、権力をめぐる争いにおいては、オスはネットワーク形成のために団結する。
マリーノはイルカが自己を認識できるとすら信じている。
よく知られた実験において彼女とダイアナ・ライス(Diana Reiss)は2頭のイルカの体にマーキングを付けた。
彼女らはイルカがまるで体に付けられた模様を調べるかのように鏡の前で回っているのを見て魅了された。
マリーノにとって、これは他の類人猿に観察されたのと同様、自己を認識できることの証拠となる。
彼女と他の科学者は、イルカに人間と同様の法的な地位や尊厳死のような「基本的な権利」が与えられるのを望んでいる。
マンガーにとってこれらは説得力がなく、彼はマリーノの鏡の実験を低く評価する。
「イルカの視覚能力はマーキングを即座に認知できるほどには良くはない」と言い、彼が実験手法における「深刻な欠陥」と見なすにものついて批判的である。
グレッグの第一の目的もイルカ神話の虚偽を証明することにある。
「我々はイルカを特別な存在と見なすことを止めねばならない」
イルカの知的能力が動物世界においては決して特別ではないことは徐々に明らかになってきている。
「サメやハサミムシやネズミなど他の多くの動物も同様に驚異的であり立派な生き物なのである」とグレッグは著書で言う。
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原題:
"Dolphins May be Dumber Than We Think"
彼らの社会生活は複雑であり、大きな集団で集まることもできる。
彼らは家族が苦痛を感じているのに気づくと心拍数が上がる。
彼らは餌や潜在的な脅威を見つけると音声で注意を喚起する。
そして、実験によると彼らは未来に起きる事を予想することができる。
イルカ神話の起源
1950年代、医師であり神経科学者でもあるジョン・リリー(John Lilly)はイルカの地位を、優れた泳ぎをする間抜けで魚に似た生き物から、水中の物知りへと引き上げるのに重要な役割を果たした。
不気味な音のする実験においてリリーはイルカの頭に電極を付けて神経を刺激した。
ある日、この装置を付けたイルカが恐ろしい死に近づくにつれて大きな音声を発し始めた。
リリーはこの音声の録音を低速で再生した結果、イルカは苦痛を与えた人間に対してコミュニケーションをとろうとしているのだと結論した。
大きな脳の意味するものは?
科学者が生物の知能を決める際に用いる指標の一つが体重に対する相対的な脳の重さである。
人間の場合、脳は約1300グラムで体重の2%ほどになる。
チンパンジーの脳は体重の0.9%であり、4.5キロクラム以上ある象の脳は0.2%である。
これらと比較するとイルカはいい線をいっている。例えば、バンドウイルカの脳は1800グラム以上あって平均体重の0.9%を占める。
ゴミムシダマシと同レベル?
マンガーは最新の論文において、イルカの行動の研究には欠陥が多く、あまり有益ではないと主張する。
例えば、動物学者の観察ではイルカが「多い」と「少ない」の概念を区別できるとしているが、「同じ事はチャイロコメノゴミムシダマシでも観察されている」と言う。
イルカの擁護者たち
ではイルカはどうということのない生き物なのだろうか?
ほとんどのイルカ研究者はこれらの見解に反感を持つ。
「ハッキリ言って、そんなのはたわ言だ」とWDC(Whale and Dolphin Conservation、クジラ・イルカ保護協)の海洋動物学者カーステン・ブレンジング(Karsten Brensing)は言う。
マンガーやグレッグはイルカの個々の能力を他の生物と比較する際に総合的に見ていないと彼はいう。
「そんなことを言ったら人間だって知能が高くないことを証明できる」
特別視はやめよう
マンガーは自身の理論が拒絶されるのには慣れている。
彼が2006年にイルカの脳の特徴について疑問を投げかけた際、イルカ・ファンは彼の勤務先の大学に
彼を停職にするように要求した。
だが彼は単にイルカが擬人化されるのを阻止したいにすぎない。
動物の行動を「個人の先入観」に基づいて解釈するのは有用ではないと彼は言う。
「保護戦略は非現実的な期待に基づいて行われるべきではない」