資金の流れ
副産物
(財)日本鯨類研究所の調査に関して最も取り沙汰されるのは、副産物、つまり
科学者が各自必要な標本を採取した後に残る鯨肉の販売である。
(財)日本鯨類研究所は、これらの全収益は研究費に戻されると主張するものの、
捕鯨反対者は、これを偽装商業だと反駁する。
読者の判断に任せるしかないことは多々あろうが、二つのことは明確である。
まず第一に、(財)日本鯨類研究所が鯨を捕獲しないか、捕獲しても副産物の販売を
行わないなら、新たな資金源をさがすか、調査を停止するしかないことである。
つまり、販売する副産物がなければ研究が終わってしまうに違いないのだ。
第二に、(財)日本鯨類研究所と共同船舶(株)が帳簿操作でもしていない限り
(すれば犯罪者である)、調査活動による財政的利益はなく、したがって偽装商業
ではない。
(財)日本鯨類研究所によれば、南極での調査費用は一期約 30億円である。
この経費に対して水産庁から 5億円強の援助を受けるが、副産物の販売からは 25億円
以上を得る(表 4)。
副産物の販売から得る収益は、したがって、調査活動の最大の資金源なのである。
表4 調査計画の鯨肉副産物と卸し売り価格(荷受人への手数料を含む)
(単位:100万円)
|
卸し売り価格 |
1987−88(273頭) 1,137,589 kg |
1,693 |
1988−89(241頭) 1,027,319 kg |
1,537 |
1989−90(330頭) 1,384,416 kg |
2,188 |
1990−91(327頭) 1,482,539.5 kg |
2,563 |
捕獲された鯨体から得る食用鯨肉の種類は実に驚嘆すべきものであり(表 5)、
一般に日本料理を特徴づける多様性を象徴している。
(財)日本鯨類研究所は、共同船舶(株)に、日本国内の大都市にある卸売り市場の
認可荷受け人にこれらの鯨肉の売却を委託する。
その時の価格は(財)日本鯨類研究所が決める。
このサービスによって、共同船舶(株)は 5.5%の手数料を得る(最初の 3期に
ついては 5%であった)。
荷受け人は産物を仲買人に同値で売り渡し 5.5%の手数料を得る。
これらの手数料を支払った後の販売の全収益は(財)鯨類研究所に帰る。
ここから産物は自由市場に入り、その後の価格は小売業者が設定することになるが、
かつての捕鯨地域が一定量の鯨肉を手頃な値段で入手できるように(ほとんどすべての
人たちが財政的困窮にあえいでいる)、共同船舶(株)は全産物の 8%程度を卸値で
これらの人々に直販売する。
表5 1989〜90年に蓄積された鯨肉
産物 |
kg |
特上肉 |
尾肉 |
630 |
尾肉(徳用) |
555 |
脂須の子 |
1,170 |
鹿の子1級 |
3,030 |
鹿の子徳用 |
1,080 |
赤肉 |
赤肉(特選) |
780 |
赤肉(1級) |
325,710 |
赤肉(2級) |
56,475 |
赤肉(徳用) |
11,880 |
小切れ肉(1級) |
43,159.5 |
小切れ肉(2級) |
38,040 |
加工小切 |
31,185 |
胸肉(1級) |
55,320 |
胸肉(2級) |
100,710 |
胸肉(3級) |
306,330 |
胸肉(徳用) |
5,295 |
畝 |
須の子 |
15,341 |
畝須(1級) |
70,564.5 |
畝須(2級) |
1,809 |
畝須(小切れ) |
20,682 |
畝 |
7,600.5 |
脂肪層 |
本皮特選 |
6,045 |
本皮1級 |
81,640 |
内臓等 |
腎臓 |
2,954 |
心臓 |
3,752 |
膵臓 |
634.5 |
食道 |
338 |
伝胴 |
2,262 |
舌(鹿の子) |
1,677 |
舌 |
22,269 |
胃 |
1,664 |
百尋 |
3,987.5 |
皮払 |
8,150 |
白剥 |
5,037.5 |
睾丸 |
228 |
脳 |
1,064 |
その他 |
皮徳用 |
61,130 |
皮須 |
58,395 |
潮吹 |
3,300 |
尾羽 |
17,050 |
尾羽徳用 |
3,475 |
かぶら |
2,017 |
合計 |
1,384,416 |
注:
1)鯨肉以外の、鯨髭や鼓室胞は日本に持ち帰り、装飾品彫刻師の小需要を満たす。
しかし、1990〜91年にかけて、鯨髭は、前期からの供給が持ち越していたため採取
されなかった。
2)採取された産物 1,384,416 kgのうち 274.5 kgが乗組員に販売された。
この少額の手数料以外に、共同船舶(株)は、(財)日本鯨類研究所から船舶と
乗組員の傭船料を得る。
(財)日本鯨類研究所の収入の相当分は副産物の販売から得られるものであり、
同研究所が共同船舶(株)に傭船料を支払っていることから、共同船舶(株)が、
鯨捕獲の代金で支払いを受けているといえなくもない。
つまり、共同船舶(株)はみずからを傭船会社と呼ぶかもしれないが、同社が
捕鯨会社でないただひとつの「証し」は所得を受け取る形態にある。
これは意味論的な議論になるので結論はでないが、傭船料の内容を細かく調べてみると
いろいろな発見がある。
(財)日本鯨類研究所は厳密に非営利団体として運営されているが、共同船舶(株)に
対して法外な傭船料を支払っている事実が立証されれば、同研究所が商業捕鯨企業
である共同船舶(株)の偽装した姿だと論じることができるだろう。
しかし、この種の調査には困難が伴う。
比較する他の漁業船団が存在しないことである。
共同船舶(株)が貸し出す船舶および乗組員は外からチャーターできる性質のもの
でなく、商業捕鯨が盛んな頃、船舶は貸し出されたことはなく、それらは捕鯨会社自身
に属していた。
また捕獲頭数がこれ程少ない南氷洋ミンククジラ漁船団はこの業界にはかつて
なかった。
過去のどの船団もこれほど不経済ではなかったのだ。
調査活動の最初の 4期の間、(財)日本鯨類研究所は船舶を乗組員込みの固定料金で
チャーターしていた。
1990〜91年期の料金は、母船の第 3日新丸が 2億 8600万円、捕鯨船 3隻がまとめて
9600万円であった。
航海期間は 5カ月であったので、共同船舶(株)はサービスの代価として
19億 9100万円を得た。
1991、92年の航海では、母船の交換に伴って、支払条件にある程度の変更が
加えられた。
この新船舶の傭船費用(管理費、船員料金は除く)は、減価償却を定率法としたので
毎年 25%逓減することとなった。
この傭船料でいくと、当初は以前の料金よりも割高であるが、諸々の要素を考慮
すると、(財)日本鯨類研究所にとって長期的には安くなる。
逆にいえば、共同船舶(株)の受取額はそれだけ減ることになるのだ。
また、乗組員の数も減り、老朽化した第 3日新丸では 115名いたが 91名となる。
故に、乗組員込みの傭船料は最初の 3期は割高であるが、1994年以降は以前の料金
よりも安くなる。
傭船料と副産物販売手数料を合わせると、共同船舶(株)は 1990〜91年の航海に
ついては、税込み総額 20億 5lOO万円を受け取ることになる。
この数字はどういう意味をもっているのだろうか。
法外な額であろうか。
暴利といえるだろうか。
上述のように、他の漁業会社との比較はできない以上、かつての商業捕鯨会社の
状況から判断するしかないだろう。
船舶と人的資源に関して言えば、日本の南氷洋捕鯨の最盛期は 1961〜62年であった。
このシーズンには、合計 14,35l頭の鯨の捕獲が報告されており、鯨油、鯨肉、
骨粉肥料、鯨歯、その他を含む 30万トンの販売用産物が水揚げされた(表 6)。
最終商業鯨漁期の 1986〜87年では、産出量は 1万トン以下に落ち込んだ。
(財)日本鯨類研究所の最初の調査期間 4期では、産出量はたった 1000トンから
1500トン程度であった。
1970年代および 1980年代は、捕獲割当て量の削減により産出高が落ち込み、
そのあおりで業界全体の所得も落ち込んだ。
ある程度までは価格の上昇(供給が少なくなったことの結果)で相殺されたが、下降が
劇的なものであったことにかわりはない。
1961、62年漁期の産物は卸売り市場で 205億 1000万円、1991年(1)換算で
738億 3600万円をもたらした。
しかし、商業捕鯨最終漁期の 1986〜87年にかけては、産物の総価額は 77億 6000万円
であり、1991年換算(2)で 78億 1400万であった。
300頭あまりの鯨しか調査期間毎に捕獲しない現在、卸売り物価の急激な上昇はごく
当たり前のことである。
これを暴利をむさぼる行為と解釈するむきもあるが、そうでないことは現実を直視
すればわかる。
かつては数千頭もの鯨の捕獲に費やしたと同じ期間にこれだけの鯨しか捕獲しないの
だから、鯨一頭当たりの捕獲に要する費用が桁はずれに膨らむのも当然である。
ともかく、1990〜91年の捕獲から得た副産物の販売所得は 27億 500万円で、
1986〜87年期比で 65%の低下である。
共同船舶(株)の財産の評価方法として一番いいのは、1990〜91年の捕鯨から得た
所得とその前身の共同捕鯨(株)が 1986〜87年の漁期から得た所得と比較すること
である。
運営費用については、違いはふたつだけである。
捕鯨船は現在 3隻であるが、1986〜87年の漁期では 4隻使用されていた。
そして全乗組員数は 308名から 173名に減った。
これらの相違点のひとつはプラス要因で他のひとつはマイナス要因であるから、互いに
相殺し全体として大差はないと考えられる。
これらの数字を並置してみると、1986〜87年の漁期 5カ月間の所得と 1990〜91年の漁期
5カ月間の所得は、1991年換算でそれぞれ 78億 1400万円と 20億 5100万円である。
つまり、会社のためにするのでなく(財)日本鯨類研究所のために行っている捕鯨は
共同船舶(株)に74%の所得低下をもたらしたのだ。
この統計からいえば、共同船舶(株)がそのサービスに対して過剰な代価を請求
しているとすることは困難である。
傭船料が妥当かどうかは一概には言えない。
だが数千頭の鯨の捕獲にかわる代償とはとても言えない。
表6 日本の南氷洋商業捕鯨活動の産物
年 |
産物 |
重量(kg) |
卸売り価格(実価格) |
1961−62 |
鯨油 |
125,102,000 |
|
|
鯨肉 |
175,960,000 |
|
|
肝油 |
310,000 |
|
|
その他 |
8,375,000 |
|
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合計 |
309,747,000 |
205億 1000万円 |
(ナガスクジラ 11,855頭、マッコウクジラ 1,064頭、
イワシクジラ 941頭、シロナガスクジラ 489頭、ザトウクジラ 2頭) |
1986−87 |
鯨肉 |
9,955,246 |
77億 6000万円 |
(ミンククジラ 1,941頭) |
(1) 日本銀行 1962年の1円=1991年の3.6円
(2) 経済企画庁 1987年の1円=1991年の1.007円
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