配役

 まず最初に、日本の調査計画に直接あるいは間接的に関与する団体の紹介から 始めよう。 配役は、民間企業である共同船舶株式会社、財団法人日本鯨類研究所(ICR)、そして 農林水産省の水産庁である。 ひとことで言えば、共同船舶(株)が鯨を捕獲し、(財)日本鯨類研究所が調査を 実施し、水産庁が調査を認可しまた部分的に資金援助する、ということになる。


共同船舶

 現行の調査において共同船舶(株)が演じる役柄を理解するには、まずこの会社の 発祥について説明する必要がある。

 日本の母船式捕鯨が最盛期であった 1961〜62年の漁期には、7船団が南氷洋で 操業していた。 これらの船団は、日本水産(ニッスイ)、大洋、極洋という日本最大手の遠洋漁業会社 が運営していた。 南氷洋捕鯨を政府が認可していたのはこの三社だけである。 キャッチャーボート 86隻、冷凍船 14隻、タンカー 7隻、貨物船 36隻を従えて、この 大船団は 1万 200人以上の船乗りに仕事を提供していた。

 国際捕鯨委員会の捕獲割当て量が削減され、母船式捕鯨業界は急速な縮小期に 入った。 1976年、三者が合同しひとつの捕鯨会社を設立せざるを得なくなった。 それが日本共同捕鯨株式会社であり、母船は 3隻、キャッチャーボートは 20隻、そして 乗組員総数は 15OO人であった。 1976〜77年に共同捕鯨は母船 2隻、冷凍船 2隻(うち一隻は 3番目の母船となった)、 キャッチャーボート 18隻で最初の航海に出た。 捕獲割当て量がさらに削減された結果、1977年にこれらの母船のうち 2隻が廃棄 された。 それに呼応して、乗組員数もさらに減らされ約 700名となった。 1977〜87年(最後の商業航海)に母船は 1隻のみで出航、1987年からは キャッチャーボート 4隻を従えた。 商業捕鯨の最終漁期には、船団はたった 308人の乗組員に仕事を提供しただけである。 1987年 11月、商業捕鯨終了によって共同捕鯨(株)は解体し、残っていた 507人の スタッフのうち 321人が新会社日本共同船舶株式会社に移管され、あとのスタッフは 失業した。 この新会社は母船 1隻(第 3日新丸)、キャッチャーボート 3隻、そして キャッチャーボートを転用した船舶 8隻(砲、ウインチなどが取り除かれた)を 引き継いだ。

 厳密に言えば、共同船舶(株)は捕鯨会社ではなく、船舶や乗組員の傭船会社 である。 だが、共同船舶(株)が 1987年に創業したことと、その同年に(財)日本鯨類研究所が 設立されたことはまったくの偶然ではない。 このとき以来、共同船舶(株)は(財)日本鯨類研究所と日本の漁業船団監視に船舶を 傭船する水産庁だけを顧客として運営を進めてきた(表 1)。 共同船舶(株)は、直接的あるいは間接的にその仕事を政府に依存している。 しかし、少なくとも書類上は、政府は同社に対して所有権の上からも人員の配置に よっても管理を及ぼしていないことは特筆すべきである。

 所有権に関していえば、共同船舶(株)は 100%民間の所有である。 主要株主は、日水、大洋、極洋のかつての母船式捕鯨会社三社であり、これらの企業は 株を各 32%ずつ保有している。 残りの 4%はかつての沿岸捕鯨会社(株)デル・マール(旧名は日東捕鯨)、 (株)ニューニッポ(旧名は日本捕鯨)、そして大同水産(株)(旧名は北洋捕鯨 (有))の三社が保有している。

 共同船舶(株)はまた人事においても完全に独立している。 「日本株式会社」という言葉に馴染みの深い者はこの事実にあるいは驚くかも しれない。 この非礼な言葉は、西洋諸国が、日本の企業と官僚が外国に呈する統一戦線を 描写するのに使われる。 この統一戦線は西洋諸国の誇大妄想的な想像が創り出した虚構に過ぎないが、日本の 企業と官僚が緊密な協力体制にあることもまた否定できない。 この協力体制を通して、企業は、新規制度導入の際は事前警告を受けたり、政府調達が ある場合には事前に情報を得るなどいくつかの利点があり、そしてこのために、企業は 有利な重役のポストを定年官僚に提供している。 この慣行は日本では「天下り」といわれ、特に大蔵官僚と通産官僚について著しい。 共同船舶(株)が仕事を政府に依存していることから、この会社の役員の中にも あるいは幾ばくかの天下りがあるかもしれないと思うかもしれないが、事実は そうなっていない。 共同船舶(株)の役員はかつては共同捕鯨(株)にいた人々で、内部から糸を繰って いる定年官僚はひとりもいない。

 この「天下り」の欠如は、ふたつの要素に帰せられる。 まず、農林水産省は、他の省庁に比較して、公的な団体あるいは半公的な団体を 監督しているからである。 高級官僚は定年がくれば、これらの団体からポストの提供があるため、民間部門に 雇用を求める理由がそれだけ少ない。 次に、漁業会社は、例えば証券会社が大蔵省から定年者を雇い入れるのと較べて、 定年官僚を人員に加える利点がすくないのだ。 このような理由で、共同船舶(株)の役員中には元官僚がほとんどいないのである。 1991年 6月現在、日水、大洋、極洋の役員総数は 51名であり、そのうち二名 (日水および大洋に一名ずつ)だけがかつて水産庁にいた人たちである。

表1 設立時(1987年 11月)および今日の共同船舶(株)の船舶

船舶 建造年 任務(1990年 12月) 傭船者
母船
第 3日新丸 1947 年 南氷洋調査基地 (財)日本鯨類研究所
キャッチャーボート
第 18利丸 1958 年 目視・標本採取 (財)日本鯨類研究所
第 25利丸 1962 年 目視・標本採取 (財)日本鯨類研究所
第 1京丸 1971 年 目視・標本採取 (財)日本鯨類研究所
改装された捕鯨船
第 12利丸 1957 年 廃棄処分  
第 21興南丸 1957 年 漁業監視 水産庁
第 22興南丸 1957 年 廃棄処分  
第 23興南丸 1957 年 廃棄処分  
第 25興南丸 1957 年 漁業監視 水産庁
第 27興南丸 1958 年 漁業監視 水産庁
第 17利丸 1958 年 漁業監視 水産庁
第 27京丸 1964 年 漁業監視 水産庁
第 11利丸 1964 年 漁業監視 水産庁
昭南丸 1972 年 目視(IWC/IDCR) (財)日本鯨類研究所
第 2昭南丸 1972 年 目視(IWC/IDCR) (財)日本鯨類研究所


(財)日本鯨類研究所

 (財)日本鯨類研究所は 1987年に財団法人(寄付によって資金をまかなう 非営利団体)として設立された。 当初費用は、共同船舶(株)(12億 5000万円)と一般会員(5000万円)によって まかなわれた(すべての寄付行為は税控除を認められる)。 さらに、補助金が設置され、1987年度の残余期間分として水産庁が当初 3億 4620万円を 払い込み、以後毎年この相当額の支出を継続することになった(表 2参照)。 この時以来収入源は、水産庁から各年度に支出される約 5億円の補助金、中小企業や 個人(共同船舶(株)からはでていない)からの税控除対象の寄付金、および 調査活動の副産物(もしくは「産物」)の販売から得られる収入の 3つとなっている。

 職員数は20数名で、大学や他の研究所から採用した生物学者と事務員がその大半で ある。 しかし、元捕鯨者やこの研究所に配置転換となった官僚がまったくいないわけでは なく、共同捕鯨(株)から採用された事務員が 2名、そして水産庁から採用された 者が 2名いる。 水産庁からの 2名のうちひとりは、この研究所の理事長長崎福三博士である。 厳密にはこれはいわゆる「天下り」人事といえるが、彼の存在は、 (財)日本鯨類研究所が水産庁の管轄下にあることを考えれば驚くにあたらない。

 (財)日本鯨類研究所の主要な機能は、南半球ミンククジラの調査の実施であり、 その目的のために共同船舶(株)から船舶を乗組員つきでチャーターする。 しかし、同研究所は、他の形態の鯨研究にも携わっている。 その一例が国際捕鯨委員会が行う一連の目視(sighting)調査であり、同研究所が 日本に割り当てられた作業を担当している。 この航海は 1978年から毎年実施されており、「南半球ミンククジラ資源評価航海」と して知られている(また、いわゆる「国際鯨類調査 10年計画」 (IDCR:Interational Decade of Cetacean Research)の一部としてはじめられたこと から「IWC/IDCR航海」としても知られている)。


水産庁

 水産庁は、商業目的であるか科学目的であるかを問わず、日本領海での鯨類捕獲、 また日本国籍の船舶による鯨類捕獲の認可・監視を担当する政府組織である。 同庁はまた鯨類調査の主な資金源となっているが、ある将来の時点において日本の産業 および国民を利すると思われる調査活動にのみ資金援助している。

 表 2に示すのは、水産庁が支出した近年の主な鯨類調査資金の内訳である。 約 9億 5000万円が年間三つのプロジェクトに割り当てられている。 南氷洋ミンククジラ、南半球および北太平洋での目視調査、そしてイシイルカ調査 である。 これらの資金の一部は、水産庁遠洋水産研究所(National Research Institute of Far Seas Fisheries)に配分されるが、その大部分は(財)日本鯨類研究所が請け負う 仕事、つまり同研究所自身の調査計画と IWC/IDCR航海に向けられる。 後者は、表向きは国際捕鯨委員会が資金提供しているように見えるが、実際は 日本政府がほぼ全面的にまかなっている。 日本政府は(財)日本鯨類研究所を通じて、毎年 2カ月間、共同船舶(株)から船舶 2、3隻と乗組員をチャーターし、それらを国際捕鯨委員会に提供するのである。 ソ連が船舶を一隻提供したことを除いては、最近まで他に実質的な財政的貢献を行った 国はない。

 南氷洋ミンククジラヘの資金配分の偏向は、政府がこの系統群資源(ストック)の 商業的開発の可能性として何を思い描いているかを如実に示している。 今後も商業的捕獲再開の見込みが全くないシロナガスクジラなどの鯨種を対象とした 研究に水産庁は資金援助することはない。 従って、水産庁の観点からは南氷洋ミンククジラ調査もIWC/IDCR航海も厳密には同じ 広範な目的をもつものであるから、後に述べる(財)日本鯨類研究所の調査計画の 収益性あるいは損益性に関する分析では、その支出欄にIWC/IDCR航海の費用も 含めるべきであろう。 当然のことながら、これが行なわれれば、南氷洋ミンククジラの調査費用は副産物の 販売より得られる所得を大きく上回ることになる。

表2 政府の鯨類調査援助額(1988年度−90年度)(IWC年度40−42)
   (IWC文書 IWC 43/23より)

南氷洋ミンククジラ調査((財)日本鯨類研究所請負)の補助金

1988年度 5億 200万円
1989年度 5億 1700万円
1990年度 5億 1700万円

南半球(IWC/IDCR航海を含む)および北太平洋・オホーツク海での目視調査
(水産庁遠洋水産研究所への直接資金援助、あるいは(財)日本鯨類研究所による請負)

1988年度 3億 9070万円
1989年度 4億 3210万円
1990年度 4億 2740万円

1989年度以降のイシイルカ調査
((財)日本鯨類研究所請負)

1989年度 550万円
1990年度 510万円

合計

1988年度 8億 9270万円
1989年度 9億 5460万円
1990年度 9億 4950万円

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