ハバローネ・ボツワナ

(鯨類研究所 (現・日本鯨類研究所)1983年 6月発行「鯨研通信」第 350号より)

長崎 福三
日本捕鯨協会理事



I ワシントン条約

 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(Cites)1973年, ワシントンで作成されたため,俗にワシントン条約ともよばれている。 その主旨は条約の前文に明らかなように,「野生動物の一定の種が過度に国際取引に 利用されることのないよう,これらの種を保護するために......」ということである。 野生生物を保護するために国際取引という面から国際的規制を加えるというのが狙い である。 したがって当該種を採捕してはいけないとか,採捕数を制限せよとかいう捕獲に ついての直接規制はなく,すべて取引きが規制の対象になる。 但しこの条約にいう取引きとは輸出,再輪出,輸入又は海からの持込みを含んでいる。 「海からの持ち込み」とは,いずれの国の管轄下にもない海洋環境において捕獲され 又は採取された種の標本を,いずれかの国へ輪送することをいう。 例えば日本が南氷洋で捕獲しているミンククジラなどはこの持込みに該当する。 一方,自国の管轄水域で捕獲し,製品を輸出せずすべて自国で消費する場合には この条約の規制を実質的にはうけないことによる。

 この条約には附表がついており,これに I II III と3つの区分がある。 このそれぞれに,必要に応じて動植物名がリストされている。 附表 I は「絶滅のおそれのある種であって,取引による影響をうけているか又は うけるであろうもの」をかかげている。 ここにリストされている種は例外的な場合を除き,特にげん重に規制されるし, 商業的目的で輸入することは禁止されている。 海からの持込みの場合,以下の条件が満されている場合のみ,当事国の管理当局が 許可証を発給することができる。
(a)当事国の科学当局が,その持込みが当該種の生残に悪影響を与えないと通告し,
(b)当事国の管理当局が生きた標本の受け入れ及び飼育施設が満足すべきもので あると認め,
(c)管理当局が,標本は一義的に商業的目的に使用されないということを認めた場合。

 簡単にいえば I にリストされている鯨も商業的目的のためには公海で採捕しても, 持ち込みはできないということになる。 附表 II にかかげるものは「現在必ずしも絶滅のおそれのある種ではないが,その 存続を脅かすこととなるような利用がされないようにするため,その標本の取引を げん重に規制しなければ絶滅のおそれのある種」ということになる。 この取引には当然当事国の管理当局の証明書が必要になる。 附表 III には,いずれかの締約国が捕獲又は採取を防止し又は制限するための規制を 自国の管轄内において行う必要があると認め,かつ取引の取締りのために他の締約国 の協力が必であると認める種」をあげている。

 今回会議が始まる時点での附表にかかげられた種を,海産哺乳動物について拾って みると表 1 のようなことになる。 クジラではセミクジラ,ホッキョククジラ,コククジラ,イワシクジラ, シロナガスクジラ,ナガスクジラ,ザトウクジラ,マッコウクジラが附表 I にリスト されている。 このほか,カワイルカ科,コビトイルカ,ウスイロイルカ,スナメリ, コガシラネズミイルカが同じく附表 I に含まれている。 その他のクジラ,イルカ類はすべて附表 II にリストされている。

 アシカ科ではガダループ・オットセイ,アザラシ科ではモンクアザラシ,それに イタチ科のカリフォルニヤ・ラッコ,海牛目ではジュゴン,マナティが夫々附表 I に 入っている。 ミナミオットセイ,ゾウアザラシは附表 II に含まれている。

 この条約の規制は一定期間内に留保を通告した国には適用しないという条文がある。

 クジラに関する各国の留保状況は表 2 に示されている。 日本はマッコウクジラ,ナガスクジラ,北太平洋及び南半球 III 区の資源を除く イワシクジラに留保を行っている。

 この条約に基づく締約国会議は少くとも 2 年に 1 回通常会合を招集することに なっており,第 1 回はスイスのベルンで 1976年に,2回目はコスタリカの サン・ホセで 1979年,次は 1981年,インドのニューデリーで行われ,第 4回会議が 今回のボツワナ共和国の首都であるハバローネで開かれた。 今回も前回同様クジラに関する提案がでているため,外務省,通産省の担当官と ともに水産庁係官と捕鯨協会の筆者が会議に出席した。

 恥しい話であるが,筆者はボツワナという国について予備知識は全くなく, 正確にはその所在地すら知らなかった。 ブッシュマンのいる国と聞いたのは現地に行ってからのことであった。 南アフリカのヨハネスバーグから小型の飛行機で 1時間ほどで首都ハバローネにつく。 とても都市というにはのどかすぎる「村」である。 60カ国の代表に数多くの団体からのメンバーを加えて 300人にものぼる出席者が 一堂に会するような大きな建物はない。 ホリディ・インの庭に大きなテントを張って,即席の会場をしつらえてある。 午前中は適当に涼しくて気持がよいが,午後になるとテントが焼けて,照り返しが 暑い。 テントの横のテラスでは飲み物がよく売れていたようである。

 Citesの現在加盟国は 81カ国(末尾の表を参照されたい),今回の出席国は 58カ国,167名,これに 3カ国からオブザーバーがきており,その他 73団体から 122名,合計 300名をこす出席者であった。 Citesは世界中の動植物を相手にしているために議題も多様である。 しかしここではクジラに関する問題に限って報告することにする。


II クジラに関する3つの提案

 今回クジラに関する提案は 3つあった。 2つはセイシェル,1つはエクワドル・コロンビヤ共同提案であった。 会議前に配布されたセイシェル提案の第 1は,「国際捕鯨委員会によって捕獲が 規制されている鯨類のすべての種を,1986年 1月から附表 I に含める」というもの であった。 もう少し具体的に説明すれば,現在 IWC によって規制され,附表 I にリストされて ないクジラはミンクとニタリだけである。 ツチクジラ,トックリクジラも附表 I にリストされていないが,これらは IWC に 規制の権限があるかどうかという問題にまだ決着がついていないため,このような 分りにくい表現になっている。 この提案で狙っているのはミンクとニタリだけである。 1986年 1月から効力を発するというのは,1982年の IWC で採択された 3年間の猶予を おいたモラトリアムに対応している。 しかし,ニタリについてはエクワドル・コロンビヤの共同堤案が別にでており, こちらは附表 I に含めるとともに即時に効力を発するという内容であるから, セイシェル案と一部重複していることになる。 セイシェルの第 2の提案はツチクジラ,トックリクジラをともに附表 Iにのせると いうもので,この 2つの提案が通れば,効力を発する時間的な差はあっても, すべての商業的鯨種が附表 Iに含まれることになる。

 セイシェル案とエクワドル・コロンビヤ案とはニタリについて重複しているので, この点をはっきりさせるため,最初のセイシェル案が以下のように修正されている。 この提案は本会議でクジラの討議が行われる前日に配布されたものである。

 「既に附表 Iに含まれているもの,又は今回の会議の決定により直ちに移される (附表 II から I へ)ものを除き,IWCによって捕獲が規制されているすべての 鯨種およびポピュレーションで,かつ IWC が商業捕鯨のための捕獲枠を既にゼロに 設定しているもの(ただし西グリーンランドのポピュレーションを除く)」 (この発効は 1986年 1月 1日)。 英語を母国語としていない人たちや,クジラの規制について知識のない人たちに とっては全く分りにくい提案である。 もっとも,この修正案には「説明」がついている。 「もしエクワドル・コロンビヤ提案が採択されれば,附表 Iに新に含めるものは, 西グリーンランドを除くすべてのミンクのポピュレーションとなる」し, 「もしエクワドル・コロンビヤ提案が採択されない場合は,ニタリがこの提案の中に 含まれる」ことになるという。 そしてさらに,もし,1983年又は 1984年の IWCの会議において,IWCが他の小型鯨種 の商業捕獲を規制する権限を認めたとすれば,1986年以降の捕獲停止に関する 1982年の決定はこれらの鯨種にも適用されるので,これら種の名は当条約締約国の 1985年の会議によって確認されたうえ星印のついたリストに加えられる。 ますます分りにくい内容であるが,これがセイシェルの提案 Iの内容である。

 セイシェル提案 Iには冗長な提案理由が述べられている。 かなり千鳥足的な説明が加えられているが,提案内容を支える理由がどこにあるのか, これも分りにくい。 例えば生物学的側面として以下のようなことが述べられている。

 「この提案に含まれているすべての鯨種は魚類、軟体類及び甲殻類を餌にしており, これら餌生物は強度な商業漁業の対象になっている。 これら鯨種を保護することによって,餌生物が悪い影響をうけるという証拠はえられて いない。 しかし,ある場合には商業漁業の対象になっている魚類が,特定の海域,時期に これらクジラの主要な餌になるから,漁獲によって魚が減少すれば,クジラにとって carrying capacity は減少することになる。 このような餌の減少によってクジラの生存が脅威をうけることは直ちには起こら ないとしても,捕鯨による鯨資源への脅威を加速することになろう。 北大西洋ではトックリクジラ及びミンククジラの餌となる魚種は最近数十年に 著るしく減少している。 このようなことは北太平洋でも起こりえよう。 南半球はまだこのような強度の漁業による資源減少の証拠はないが,南極海の オキアミ漁業が急速に拡大しつつあり,長期的にみればヒゲクジラの資源回復に とってその程度は分らないにしても 悪い結果をもたらすことはありうる」。 表現は分りにくいが,要するにクジラは勿論のことクジラの餌になる生物の漁獲も 止めなければならないということになる。 クジラだけにスポット・ライトをあて,その数を増やすこと以外になんの配慮も しなければ、こんな妙な論理も成り立つかもしれない。 クジラのために漁業も遠慮せよということになると問題はおだやかではない。

 なお参考のためにつけ加えると,北大西洋のトックリ・クジラの餌は深海性の魚 及びイカであり,大西洋のミンクはニシン,北太平洋のミンクはコウナゴを主に 食べている。

 次に提案の根拠になっている点はクジラに関する研究が不完全であるということ である。 「Citesのメンバーにとって特に考慮しなければならないことは,クジラが例えば 10年にわたって減少していても,現在の研究方法では本当の減少割合を示すことは できなということである」。 IWCのメンバーではない Cites のメンバーにとっては IWC の科学報告まで詳細に見る 機会がないためにこのような発言の影響はかなり大きい。

 「かつて台湾など IWC のメンバーでない国によるクジラの捕獲が行われ,製品が 国際的に取り引きされていた。 このような「pirate whaling」はその後の IWC の努力によって一時的に姿を 消したが,鯨肉の供給が限られてくれば再びこのような捕鯨が行われる危惧は大きい」 とし,「過剰な捕鯨船は容易に pirate whaling に化身する。 特に小型の母船/独航船を兼ねた船はこの可能性がある」という。 ここに言う母船/独航船を兼ねた船とはミンクを対象とした日本の沿岸捕鯨の形態で あり,ここでは独航船上でミンクを解体し氷詰にして基地に搬ぶことが認めれている。 このようなことが,どうして Cites の附表の問題に結びつくのか判断し難い。

 「これら小型の船はすこぶる可動的であり,一海域のクジラが減少すれば直ちに 他の海域に向うことができる。 またこれら小型の捕鯨船は主要な肉をとった後の残がいを投棄してしまうので 完全利用を要求している IWC の主旨にももとる」ともいう。 「もし現在のような捕鯨がつづけば,捕獲ゼロがきまっている 1986年時点には、 いくつかのミンクのストックは潰滅してしまう可能性がある」。 さだかではないが,おそらく日本近海のミンク捕鯨のことを言っているのであろう。 本来このような問題は IWC の場で論議されるべき問題であろう。

 「IWCは商業捕鯨を停止させるまでに 3カ年の猶予期間をおいた。 Cites の場合も取引に従事している人たちが急激な変化に直面しないように,事前に 措置をとっておくことが妥当であり,それがセイシェル提案の主旨である」。

 1979年の Cites の会議で採択されたサン・ホセ決議というものがある。 日本はこの決議以後に条約に加盟しているので,この決議には必ずしも拘束されない。 これによると Cites の加盟国は、IWC によって保護されているいかなる鯨種,ストック についても,取引の許可証(海からの持込みについての証明書を含む)を発行しない ことに合意するよう勧告するという主旨のものである。 「ニュー・デリー会議でマッコウ,ナガス,イワシクジラを附表 I にリストしたのは サン・ホセ決議にのっとったものである。 Citesのこのような措置は、今回の提案内容を含めて,すべて合理的な捕獲が行える 充分な科学的根拠がえられるまで,当該動物を保護するための有効な方途として Cites を使うことであり,特に世界的に広く分布し,夫々の管轄水域の外に分布 しているような鯨種に特に妥当且必要なことである」。

 エクワドル・コロンビヤ提案はニタリクジラを附表 II から I に移すという内容 である。 Ruud(1952)によると,ガボン及び南アフリカ沖でイワシクジラとして捕獲された 171頭のうち,72頭はニタリであった。 1975年まではイワシとニタリの統計は分離されておらず,IWC は両種を込みにした 割当量を設定していた」。 「1982年 6−7月の IWCの科学小委員会においてニタリは 12の地理的グループに 分けられ,夫々以下のような捕獲割当数を提示した」。 つまり南半球では南大西洋,印度洋,南アフリカ沿岸,ソロモン島,西部太平洋, 東部太平洋でいずれもゼロ,ペルー沖で 165頭。北半球では東部太平洋,北大西洋, インド洋でゼロ,西部太平洋で 536頭,東シナ海で 10頭であった。 いずれも殆んどのストックで割当量でゼロという実感を強調しようとしたもの らしいが,これらが殆んど初期管理資源であり,現在商業捕獲の対象になって いないしそのために資源評価も行われていないために割当をゼロとしたことは 説明されていない。

 「IWC の科学小委員会によるペルー沖のニタリの資源評価は浅薄な分析によるもの であり,おまけにイワシクジラなどの他種が含まれた統計を使って解析している」。 「日本が捕獲している北西太平洋のニタリについては,母船式捕獲はなくなったが, その資源評価は不完全なものである。このストックは現在も危険なまでに過剰に捕獲 されているらしい。 しかしこの海域の捕獲はすべて日本の領海内(漁業水域の間違いであろう)で 行われており,製品は国際的取引の対象にはなっていないので,附表 I にリスト しても日本の沿岸での捕獲をとめることはできない」。 つまりここでは明らかに IWC に先行して捕鯨を停止させる目的で Cites を利用 していることになる。 Citesの決定を近い将来,IWC に持ち込もうとする意図は明確であろう。

 「Holt(1982)によると,南半球の東部太平洋ではニタリの餌となる カタクチイワシやマイワシが過剰漁獲によって減少し,ニタリ資源にとって深刻な 結果を生んでいる」と,ここでもクジラと餌の問題を提示している。 「南半球ではペルーのニタリを除いて他はすべて割当数がゼロである。 ペルーのニタリも 1982年の科学小委員会では割当数ゼロが勧告されたが捕鯨業者 に急激な影響を与えることを避けるため 1年間の猶予期間をおき,1983年に 165頭の 割当を政治的妥協として定めた」という。 しかし,科学小委員会の報告には明らかに異る 2つの見解が示されており,小委員会が 割当ゼロを勧告したという事実は全くない。 この種の誤った情報は IWCでは通用しないが,Citesではまかり通ってしまうことが 多い。

 ツチクジラ・トックリクジラに関するセイシェル提案は,Berardius 及び Hyperoodon 属をともに附表 I に移すというものである。 このうちキタトックリクジラは 1977年にノルウェーがこのクジラの捕獲を止めて 以来,商業捕獲の対象になっていない。 したがって生物学的情報は殆んどえられていないのが実態である。 日本の沿岸捕鯨が捕獲しているツチクジラは trans−pacific で太平洋に広く分布 している。 したがって日本の捕鯨漁場は全体の分布域のごく一部分にすぎず,捕獲数も年間平均 で 40頭程度にすぎない。 セイシェル提案の説明によると,「現在ツチクジラは日本の管轄水域内のみで 捕獲され,国際的取引の対象にはなっていないが,北半球の 2種の場合,油が マッコウクジラのそれに似ており,そのためにいぜんとしてこの種に対する商業捕獲 の脅威は消え去らず,1986年以降,クジラの捕獲が全面的に禁止されれば,当然 IWC の規制が及ばない種に捕獲のほこ先が向くことになる」という。 南半球の 2つの種については捕獲の対象になったことはないので全く何も調べられて いないし,当然資源が減少していることも考えられない。 Citesで取りあげなければならない理由の全くない種である。


III 討議経過

 1982年 6〜7 月のケンブリッジでの IWC科学小委員会で,1983年にボツワナで 行われる Citesの会議において,クジラに関する附表修正が提案されるが,この際 IWCのコメントを提出する問題が討議された。 その結果,IWCの事務局長が,科学小委員会及び分科会の議長と相談のうえ, 科学小委員会や委員会議長報告の中から適宜抜すい整理した情報を提示することが 合意された。 この情報は今回の会議前に文書として配布されている。 これにはミンク,ニタリ,トックリクジラ,ツチクジラについての情報がぬきだされ 記載されていた。 IWCのメンバーでなくて Citesに加盟している国は多いので,こわらの国々の代表は クジラ及び捕鯨について,IWC のもとで何が討議され,決定されているかについて 正しく理解する機会なり情報なりをもっているわけではない。 判断の基点になる唯一の情報は,この IWC事務局が提出した文書だけである。

 一方 Citesの事務局は数多い附表リスト変更の提案の主要なものについて,集めた 情報を基にして「勧告」という形でその意見を文書にしている。 この勧告は事情を知らない国々にとって大変参考になるし,行動指針にもなりうる。 この「勧告」によると,クジラの提案については次のように述べている。 「附表 I に移す提案は一つとしてベルン基準又は条約の条文にそっていない。 附表についての 10年ごとの再検討のための事務局小委員会はクジラの附表リストに ついて何の変更も申し入れていない。 したがって事務局はこれらの提案を却下するよう勧告する」という主旨のもので あった。

 また,各種の提案について事務局が会議前に各国の反応を知るためのコメントを 取り纏め,これも文書として配布している。 これなども問題の性質を知るのに大変役に立つ情報である。 クジラの提案について日本は当然鯨種ごとに所見を述べているが,このほか リヒテンシュタイン・スイス及びアメリカがコメントを出している。 リヒテンシュタイン・スイスは「第 34回 IWC年次会議においてセイシェルは 南氷洋のミンクのストックは絶滅の危機にはないことを認めており,過去 6カ月間に ミンクの生物学的状況が急激に変ったとは思えない」とのべ,「ベルン基準にそって いないので,セイシェル提案は撤回すべきである」としている。 スイス代表は筆者に対し「スイスはこの条約の寄託国であり,そのために条約の運営 には大へんな関心と責任をもっている。 しかし今回のクジラに関する提案は根拠もなく,単なる Cites条約の濫用にすぎない」 と述べている。

 アメリカは「IWCによってその捕獲が規制されているすべての鯨種を附表 II から I に移すというセイシェル提案と,同じく Berardius,Hyperooden spp. を I に リストするという提案は,共に生物学的には正当化されないようである。 これら種のものは現在の情報では絶滅の脅威にさらされてはいない。 またニタリクジラを附表 II から I に移すエクワドル提案についてもアメリカは 同様な見解をもっている。 事務局小委員会は附表にある鯨種の状態を再検討した結果,現在のリストを変更する ような勧告は行っていない」と述べている。

 附表の変更についての提案は本会議に提出される以前に,screening committee によって予め検討される。 しかし提案数が多く,時間が限られているので詳細な討議はとてもできない。 ここでは提案を認めるか,廃案するか,又は本会議の討議にゆだねるかを決定する。 クジラの提案についてはセイシェル代表が一括説明を行い,そのあと日本代表が 南氷洋のミンク,日本近海のミンク,ペルー沖のニタリなどについて,最近の IWC 科学小委員会の研究報告を引用し乍ら説明し,この提案はベルン基準に合致して いない点を指摘し,提案撤回を要求した。 小委員会ではカナダ,スイスが日本の主張を支持し,全体としての空気は日本の見解を 示す国が多かったように見受けられた。 当然提案は本会議に移されることになった。

 クジラの提案が本会議で討議されるまでの一週間余の間に,セイシェル代表は 保護団体と協力しながら,かなり精力的に各国代表に接近した模様であった。 そして「エクワドル・コロンビヤ提案を支持するセイシェル共和国政府文書」を 作成し,さらに各種保護団体もクジラに関する文書を作成・配布して活発に動いて いた。

 会議が大詰に近づいた 4月28日午後遅くの本会議でクジラに関する提案が一括討議 された。 セイシェル代表がその背景を説明し,エクワドル代表もかなり長い演説を行った。 当然日本代表は反対の主張を行い,ノルウェー,ペルー,ソ連がほぼ日本の主張に 同調した。 しかしロール・コールによる投票は以下のような結果に終った。

 セイシェル提案(I)
 反対は捕鯨国 5カ国(日本,ペルー,ノルウェー,ソ連,ブラジル),賛成は 30カ国(アメリカ,オーストラリヤ,インドなど),棄権は 24カ国(イギリス, フランス,西独,カナダ,スイス,オランダ,中国,南アフリカなど)であった。 24カ国に及ぶ棄権票があったとはいえ科学的に提案が妥当でないことを主張した カナダやスイスですら反対票を投じられなかったことは,捕鯨問題の一つの側面を 物語っているような気がする。 エクワドル・コロンビヤ提案は反対 4(日本,ペルー,ソ連,ブラジル)で, ここではノルウェーは棄権にまわっている。 賛成は 34カ国,棄権は 18カ国であった。 なお,Berardius,Hyperooden についてのセイシェル提案(II)は,結果は明瞭で あるとして投票なく採択された。

 翌日,西ドイツによるアザラシの全種を附表 II にリストするという提案の採決に 際して,カナダは「emotional(感情的)な投票があると思われるので,秘密投票」 を要求した。 多数の保護団体の看視の中で行う投票にどれだけの意味があるのだろうかと首を かしげざるをえない。 アザラシに関する西ドイツ提案は賛成 23,反対 27,棄権 6で否決された。 秘密投票の効果がかなりあったのかもしれない。 クジラに関する提案の投票が終った時点で,日本代表は条約の手続に従って, 日本政府はこれら採択の内容について留保手続をとるであろうことを通告した。


IV いくつかの問題点

 本会議においてアザラシの提案が論議されている際に,カナダの代表は, このような提案が提示されるにいたっては,Citesそのものが「危たいに瀕した種」 になりつつあるという意味の発言を行った。 今回のクジラやアザラシの提案にはこの条約を濫用している傾がないではない。 そこで今回の会議を通じ 筆者が気のついたいくつかの問題について述べてみようと 思う。

 IWC と Citesはそれぞれ別の目的と機能をもって活動している。 IWCは資源の合理的利用を実施するために,各種のクジラのストックを,その現状に 応じて,初期管理資源,維持管理資源,保護資源と分類している。 そして保護資源の場合には捕獲割当数をゼロときめている。 しかし捕獲割当数ゼロと定めた保護資源が,そのまま絶滅の脅威にさらされた資源と 理解するのは誤りである。 IWCの何人かの科学者は科学小委員会報告の中で次のように述べている。 「Citesが附表 I 及び II にリストするための基準は IWCがクジラのストックを 分類するために用いている基準とは全く異なっている」ので,「できれば 科学小委員会として,Cites自身の生物学的基準に関連して附表にクジラの種を リストする妥当性について特別なアドバイスをすべき」であると考えている。 また,IWCが捕獲割当数をゼロにしているストックが必ずしも保護資源と分類された ものではないことも理解しておかなければならない。 商業捕獲の対象になっていなく,したがって資源は減少していないようなストック でも,そのために資源評価が行われないために捕獲割当をゼロにしているケースは かなり多い。 したがって捕獲割当ゼロというだけのことで,Citesの附表 I にリストするような 取り扱いはずさんにすぎると言わなければならない。 Citesの濫用と批判されてもいたし方あるまい。

 今回のニタリクジラの例をとってみよう。 西太平洋においてもペルー沖においても,IWCによってそれぞれ割当数が与えられて いる。 しかしエクワドル・コロンビヤ提案が採択されたためにペルーが捕獲したニタリクジラ は輪出できないことになる。 ペルー国内にはニタリの肉の需要はないので,もしペルーがこの決定に留保措置を とらなければ,ペルーの捕鯨は成りたたなくなる。 勿論それが提案国の意図であろうが,IWCの決定に相違して,捕鯨活動そのものを 抑制したり停止させたりする動きをすることは,IWCの活動をも乱すことになる。 IWCの決定や措置との整合性のうえで Citesの措置を考えるべきであって,IWCに先行 するようないかなる動きをもするべきではない。 この点でも条約濫用と言われても致し方あるまい。 特に Citesの会議で,かなり一方的な情報を流し,会議の場を宜伝に使うような ことは慎まねばなるまい。

 西ドイツのアザラシに関する提案は重要な一つの側面を示唆している。 西ドイツの提案理由はセイシェルのクジラに関する提案のように冗長ではなく簡結で ある。 既に附表 I にあげられているアザラシの毛皮や肉その他の製品が,他のアザラシの それと区別できないというのが主要な理由である。 しかし取締上の問題点は種ごとに相違しているわけで,種ごとの検討が必要である。 このような検討の上で,アザラシを一括する提案が生れてきたのならまだしも、 提案はかなり抽象的で具体的な説明に欠けている。 抽象的議論をすれば,アザラシの製品はさらにオットセイにも拡大しようし,その他の 鰭脚類にも拡がろう。 もし同じようなことが魚で起こったらどうなるのであろうか。

 何ごとによらず,合意することが大事なのではなく,合意したことを実行する ことが最も大切であることは言うまでもない。 多くの動植物を対象とする Citesの場合,条約にもとづいて決定したことを実行 するのは容易ではないと思われる。 しかし附表 I にリストされている動物の輸出を取り締れない国々が,Citesの場で 動植物の保護を主張してもうつろに響くだけのことである。 ウミガメの取り引きに関し,条約の手続きに従って留保を行っている国々は別として, 留保もせず,生物保護を旗印としている国々が自国民の取り引きを永年にわたって 放置しておくことは,Citesによって Citesを恥しむる以外のなにものでもない。 自国の規制をげん重に実施したうえで,保護活動を展開することを望んでやまない。

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