「鯨のたれ」は房総半島南部の特産で、ツチクジラという体長12メートル程度の歯クジラの肉をたれに漬けて干したものである。 この体長は雌のマッコウクジラと同程度だが、体型は少し細めで頭部が小さく、おでこが丸くて口がとがっている。 餌は深海のイカ類や底生魚類が主でマッコウクジラに近い(もっともマッコウクジラと違って口は小さいから巨大なダイオウイカなどは食べられないだろうが)。 ツチクジラは大型鯨類と違い、国際捕鯨委員会が管理の対象とすべきかどうか、長年の論争に決着がついていないため、日本政府が独自に資源調査をして捕獲量を設定している。 平成になってからは年間54頭が太平洋沿岸で捕獲されてきたが、平成11年から北海道南部の日本海側で8頭の捕獲が追加された。
房総半島南部では17世紀初めから東京湾側の勝山に本拠をおいて捕獲されてきたが、館山、白浜、千倉などに移った後、現在では和田から出漁している。 「鯨はヒゲクジラの方が歯クジラよりも美味しい」と本で読み、また両者の大和煮の缶詰の味の比較からもその点に納得していた私だったが、横須賀から東京湾フェリーに乗って房総半島南部を訪れた際にフェリーの発着場で買った、この鯨のたれで印象がガラッと変わった。
実は以前に料理屋で二切れほど食べた際には「歯鯨らしさを濃縮した味だな」と思った程度だったのだが、自分で買って適当な大きさにちぎって、網に載せて火であぶり、ごくわずかに焦げ目をつけたのを温かいうちに食べると、後を引く味だった。 少し鯨らしいクセがあるが、豚などのレバーに比べればはるかにおだやかである。 さらに、マヨネーズをつけて食べると味がガラッと変わり(この味に出会った事を感謝した、と言ったら大げさだろうか)、鯨が特に好きでもない人でも楽しめるであろう。 もっと知名度が上がっても良い味だと思う。 マッコウクジラも同様の加工をすれば、こういう味になるのであろうか? 鯨のたれは、柔らかい半生のもの、乾燥させた固いもの、焼いたものなどが売られている。 干してある上に厚みがないので、冷凍庫で保存しても、出して間もなく切れる程度になる。 従って、気が向いたらすぐに食べられるため、買いだめして冷凍庫に保存している。 最近、ネット上で販売しているところを見つけたので、もう遠出しなくても手に入るのは大助かりである。
(2000年8月19日 更新)
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