モラトリアムが採択された1982年の第34回IWC総会における
FAO(国連食糧農業機関)オブザーバーの声明




国際捕鯨委員会は過去多くの場合そうであったように、今年も諸問題に直面しているが、問題の性格は変ってきている。 数年前に委員会が直面した主要な問題は、鯨資源の存続を確保するために持宜を得た措置をとりうるかという点にあった。 いくつかの例外的主要な例としてホッキョク鯨があるが、この問題は解決されている。 委員会は迅速な措置を講じ、最近ではいかなる鯨種も絶滅を回避させてさている。 ホッキョク鯨のような例外を除けば、絶滅の危機にさらされている鯨種および資源は、現在は保護されており、沿岸近くまで回遊して来て、その資源量が調査できるもの、例えばコククジラやセミクジラのいくつかの資源は明らかに増加している。 我々が現在持っている鯨資源の動態学の知識にもとづけば、南氷洋の巨大な鯨資源を含む外洋の資源もまた増加しているが、直接的な証拠が欠けているのである。

委員会がまさに直面している主要な科学的問題は、商業捕鯨がない状態でも、南氷洋の鯨資源の変化を調査する方法を見出すことである。 この調査はいずれはこれらの資源の商業的捕獲の再開を検討する際に重要であり、いくつかの資源に関しては遠からず捕獲が可能になるかも知れない。 この点南極海洋生物資源保存のために新しく設けられた委員会(CCAMLR)によっても、南氷洋の生態系全体を保存し、管理するという任務から重要なことであると認識されている。 乱獲による大型鯨の減少は、今世紀のこの生態系における重要な変化であり、この新しい委員会に出席した科学者達は、鯨類が現在受けている保護にどのように反応しているか調査できなければ、白分達の責任を逐行するに当って問題があると指摘している。

現在国際捕鯨委員会が直面している主要な問題は、捕鯨を産業として継続できるかということである。 その主要な脅威は乱獲により、鯨資源を枯渇させるという、捕鯨産業それ自体に由来するものである。 ここでは、委員会の過去の記録が懸念の原因になっている。 それは、ヒゲ鯨(ミンク鯨を除いては)は今では、いずれも重要な産業を支えるものではないということである。 現在の委員会の記録は良くなっている。 商業捕鯨が依然として行われている場合は、捕獲は全般的に資源の繁殖能力の範囲内に抑えられ、捕獲が永続的に持続されるようになっている。 しかしこれは、適切な科学的勧告があるかにかかっている。 ある国が関連データを充分に科学委員会に提出しないことで、科学委員会はそのような勧 告を出すことがますます困難になっていることは遺憾なことである。 データの自由な交換がうまく行われないようになるとまちがった決定を下し乱獲の危険が増大することは明らかである。 また情報取得が可能な場合でさえ科学委員会によって要求されているデータの分析が行われていないことは遺憾である。

商業捕鯨の継続はまたあまりにも厳し過ぎる管理措置によっても脅威にさらされている。 その最も極端な例が捕鯨の全面モラトリアムである。 これはまったく選択の余地のない措置である。 様々な資源がそれぞれ異った状態にあること、また深刻な枯渇状態にあるすべての鯨種または資源が既に事実上完全に保護を受けていることなどを考えれば、全面的モラトリアムには全く科学的正当性がないように思われる。 捕鯨の全面的禁止の根拠は美的もしくは倫理的な基盤よりでてくるものであろうが、これはIWCの権限外のことであると思われる。

モラトリアムのもう一つの理由付けは、鯨類資源動態については充分な知識がなく、適 切な知識が得られるまでは、捕獲すべきでないという主張である。 この言い分に対する反論は、ある鯨類資源の持続生産量を決定する最善の方法として、それが唯一とはいわないが注意深く監視された中での捕獲である。 たしかに、我々が現在、鯨資源についてもっている知識は完全とはいえず、個々の資源からどの程度の捕獲が維持していかれるかについてはかなりの論議がある。 しかし、これらの疑問は、健全な状熊にある資源から適切かつ厳しく、監視する中での捕獲を禁止する理由にはならない。

委員会の規制措置をめぐるこの対立は、加盟国の間の利益の相違がある以上やむを得ない。 委員会の新管理方式は、この対立の解決と、捕獲枠が客観的かつ科学的根拠にもとづき決定されるようなメカニズムを設定することを目指すものである。 充分な科学的知識がある条件(これは重要な条件であるが)のもとでは、この方式は、はなはだしく減少した資源(これには捕獲枠ゼロ)、および最適水準に近い資源(これには推定持続生産量よりやや低い捕獲枠)に対し効果を発揮することができる。 しかし1981年の科学委員会でFAOのオブザーバーがその見解書で指摘したように、資源が最適水準に近くはないが、さりとて危険な状態からほど遠い場合、純粋に生物学的基盤から「最適」と規定できるような唯一の管理体系はない。 新管理方式の意味するところは、資源ができるだけ速やかに最適水準に回復されるべきであるということである。 しかし、社会的に見るならば、将来のある時点での大規模な漁業を目指すよりは、むしろ現存の漁業をできるかぎり維持していくことの方がより一層重要かも知れない。 これは現行の捕獲が資源とその資源の持続生産量に対して小さい場合特にそのようである。 かかる資源に関し、科学委員会の主要な任務は、現行の捕獲が例えばゼロ枠の場合の影響と比較して、資源の量及びその将来の構成の動向にどのような影響を与えるかを判定することである。

したがって、現在は委員会の基本的政策の方向を決定する重大な時である。 委員会は、狭義の保護主義者的感覚で保護を考えるべきか、商業捕鯨に耐えうる資源の合理的利用を含めて考えるべきか。 現在は別な意味でも転換期といえる。 過去20−30年間、委員会の働きに対する一般の評価は、捕獲頭数が前年に比べて削減されてゆくその度合によってなされてきた。 1960年、70年代の鯨資源の状態から考えると、このような措置は妥当であったとはいえ、健全な捕鯨産業を維持する目的で設立された委員会にとって、これは実に奇妙な措置の成功といわなければならない。 主要な資源は、ほとんどがこの数年間保護されており、回復しているものと思われる。 したがって、委員会はこれらの資源のいくつかについて捕獲再開可能な時期を考慮すべきである。

当然のことながら、鯨資源の管理は、魚類資源を含む自然資源一般の管理の上で特別なケースである。 しかし、鯨にせよ魚あるいは他の資源にせよ、管理の成功は、その資源の状況だけでなく、合理的な捕獲がどの程度維持されているかによって判断されるべきである。 オキアミ、魚類、その他関連生物に及ぼす影響も考慮に入れて、将来の捕鯨が正しい科学的知識にもとづいて行われるならば、おそらく近いうちに、許容捕獲量を増加できる時期が来るとFAOは期待している。 その時には、委員会のとった措置の効果を、捕獲量の増加によって判断することは理にかなったことであるといえる。

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