国際捕鯨委員会事務局長、レイ・ギャンベル博士講演(要旨)

国際捕鯨委員会に関する特別公聴会(1995年4月26日)
(ブリュッセル、欧州議会で EBCDが主催)




国際捕鯨取締条約

 国際捕鯨取締条約は、当初、その長い歴史の中で資源の乱獲をおこなった特定の漁業 (捕鯨)の捕獲操業を規制することを目的とした。

 しかし、近年、同条約は、環境倫理の展開とともに、環境保存機関として解釈される 比重が高まり、そこから、資源保存、捕鯨産業および影響を披る共同体の間の 緊張関係が生まれた。

 条約下での IWCの権限は、「鯨類資源の適正な保存を図り、捕鯨産業の秩序ある 発展を可能にする」ことである。 現在実施されている商業捕鯨モラトリアムは、管理過程に困難が伴い、世界中の 鯨類資源の状態に関する知識が不確実であるため必要であると考えられた。


包括的評価

 しかし、同時に IWCは遅くとも 1990年までに鯨類資源に関するモラトリアムの 影響を包括的に評価し、ゼロクォータの修正およびそれ以外の捕獲限度の設定を 検討することに合意した。 したがって、1982年のモラトリアム決定に従い、IWC科学委員会は鯨類資源の 包括的評価を開始した。 これは、管理目標および方式に照らし、すべての鯨資源の状態と傾向の詳細な調査・ 評価を行うものである。 現在までのところ、北太平洋コククジラ、アラスカ沖ホッキョククジラ、南半球、 北西太平洋、北大西洋ミンククジラ、北大西洋におけるナガスクジラについて評価が 行われている。

 この作業には、異なる資源における現在の鯨の資源量査定も含まれた。 全資源の包括的評価がまだ行われていないため、現在すべての系群に関する正確な 数字は得られていないが、科学委員会はある鯨種の頭数については自信をもって 資源量推定を行っている。


改訂管理方式

 包括的評価計画の一部として、1975年に導入された新管理方式(NMP)のかわりに なる改訂管理方式(RMP)の開発が行われた。 当時多くの政府は科学者に実現不可能の仕事を押し付けたと考えたが、最小限の情報を 用いて、5つの異なる方式が開発された。 当初の 1990年という期限は守られないことが明らかになったが、1991年には 科学委員会は実施に適した一つの方式に絞り込み勧告できるところまでこぎつけた。 これは、非常に頑健なモデルを作成するためコンピュータ・シミュレーションにより、 5つの方式案をテストした科学者たちの弛まぬ努力の結果である。 IWCは昨年の会議で、若干の修正を加えて、ヒゲクジラのための捕獲限度算定の 仕様としてこの改訂管理方式を採択した。

 改訂管理方式の目的は、ヒゲクジラの保存と利用の間の容認できるバランスを 求め、最小限のデータで捕獲限度を決定するための簡便な方法を提供することである。 その目的はまた、枯渇資源の回復の可能性を確保し、(すなわち、その初期資源豊度の 54パーセントを下回る資源については捕獲を許可しないよう図り)、資源を初期水準の 72パーセントの目標水準に引き上げることである。

 必要とされる唯一のデータは現在の資源量と利用可能の過去の捕獲データである。 RMPは 10年にわたるコンピュータ・シミュレーションによりテストされ、過去の捕獲に ついて 50パーセントの過小評価されたとの可能性(これは起こり得る数字より はるかに大きいものである)および、疫病や公害の影響など、時間の経過のなかでの 変動を考慮に入れている。 科学者はこの方式に非常に満足している。


監視と監督

 捕鯨操業において監督・監視は大きな重要性をもっている。 現在、捕獲に関する効果的な監視・監督について合意が得られていない。 IWCは 1972年に国際監視員計画を実施した。 それにより、IWCは合意された捕鯨規則に遵守を図るため、加盟国の捕鯨操業に駐在 するオブザーバーを任命することになっている。 しかし、1949/50年度から南氷洋での旧ソ連の捕鯨について提出された公式捕獲記録が 改竄された事実が最近の報告で判明した。 しかし、国際監視員計画の導入後、ソ連の記録の質と信頼度は大幅に改善された。 昨年監視・監督に関する作業部会が設定され、本年も監視監督のための適切な枠組に 関する討議が続けられるはずである。


人道的捕殺

 動物の非人道的な取り扱いに反対する世論感情の高まりの中で、クジラのための 人道的捕殺方法の開発促進への関心が多くの加盟国政府の間で高まっている。 過去 10年間にノルウェーも日本もこの分野で大きな改善を成し遂げた。 特に、ミンク捕鯨用の爆発銛の改善およぴ強力な爆発剤ペンスリットの開発が それである。

 1992年に、クジラ捕殺方法に関するワークショップが行動計画を採択し、今年その 進展を評価するために再度招集される。


小型沿岸捕鯨

 1982年モラトリアムは小型沿岸捕鯨共同体に大きな打撃を与えた。 日本ではこの形態の捕鯨は非常に長い歴史をもっている。 日本政府は、同国の小型沿岸捕鯨が他の産業型捕鯨とははっきりと区別できる特徴を もち、原住民生存捕鯨と共通の特徴の幾つかを持つとの結論を示す、社会学的、 科学的、人類学の調査結果を IWCに提出した。 これは、沿岸 30マイル程度の水域でミンククジラを捕獲する 4つの沿岸共同体を 対象とするもので、捕獲された鯨肉は、共同体の文化・社会の一貫性維持に重要な 役割を果たすと述べられている。

 今年、日本は 50頭の暫定救済枠を求める提案を再度提出すると思われる。 2年前に IWCの反応は「おそらく」であったが、昨年は「ノー」に変った。

 現在小型捕鯨が商業捕鯨であるとの理由で禁止されていることを不当であると考える のは日本だけでない。 ノルウェーもまた自国の沿岸捕鯨に関する文書を提出している。 その中で、同国のミンククジラは 1920年代に始まったが、小型鯨類は同国において 長年にわたり捕獲されており、また、沿岸共同体が捕鯨者および鯨製品の流通・消費に 関連する社会・文化的活動に依存しているため、禁止措置が沿岸共同体に問題を 引き起こしていると述べられている。


NAMMCO

 NAMMCOは 1992年のアイスランド脱退後、捕獲限度の問題を討議するための代替機関 として設立された。 アイスランドは、IWCは捕鯨再開を認める意図がないとの印象をもったと述べている。 これにはノルウェーも同調している. NAMMCOはフェロー島、グリーンランド、アイスランド、ノルウェーの政府代表により 構成されていおり、デンマーク、日本、カナダがオブザーバーとして参加している。

 国際法の下での NAMMCOの権限:国連海洋法条約は、どの国際機関が、鯨類資源の 管理と保存に関して沿岸国が協力するための適切な機関であるかを明示していない。 IWCは UNCEDのアジェンダ 21の中では認定された機関として名前をあげられている。


原住民生存捕鯨

 原住民生存捕鯨は原住民の生存・文化的必要性を理由に、モラトリアムに左右 されない特別な管理方式に従っている。 この制度のもとでは、ロシア(コククジラ 140頭)、米国(1995年−1997年に ホッキョククジラ 204頭)、グリーンランド(ミンククジラ 167頭、ナガスクジラ 19頭)、セントビンセント・グレナディーンズ(ザトウクジラ 2頭)の4箇所で捕鯨が 行われている。

 しかし、アラスカ・エスキモーの例をとれば、文化の一部として捕鯨の準備活動、 鯨捕獲後の祝祭などがあげられているが、同時にエスキモーは衛星テレビ放送が生活の 一部になるなど近代的側面ももつ共同体である。

 もしこれらの捕鯨活動が IWCのもとで許されるならば、地域の資源に依存する他の 共同体もまた特別管理方式のもとでゆるされてしかるべきであるとの議論が 行われている。 IWCは RMPのアプローチに基づいて原住民生存捕鯨のための管理制度の在り方を検討する よう科学委員会に要請した。


科学調査捕獲

 いずれの加盟国政府も、条約の下で、科学的目的のためにクジラを捕獲するため、 特別許可を発行できる。

 科学委員会は 1982年モラトリアム以来、加盟国政府からの特別許可提案について 検討し、コメントを行う責任をもつが IWC自体特別許可発行を拒否する権限を もたない。

 二つの例をあげたい。 ノルウェーは最近北大西洋ミンククジラ資源調査を終了した。 ミンククジラの摂餌生態学および年齢査定への調査のために 289頭の捕獲を含む この調査は、バレンツ海における将来の多種管理についての情報を提供するための より広範囲の生態学計画の一部である。 日本は将来の管理のために生態系におけるミンククジラの場を研究するため、年間 300頭の捕獲を含む 12年間調査計画の実施中である。

 IWC会議では毎年、2カ国に調査捕獲の再考を求める決議が採択されてきた。 しかし、多くの国が過去に類似の許可証を発行しており、条約下での現実の問題 として、調査で捕獲された鯨は実行可能なかぎり処理しなければならない。 モラトリアムという雰囲気の中で、多くの国はこれらの調査捕獲は、捕鯨が全面的に 再開されるまで捕鯨操業を維持するために禁止措置を乗り切る方策であると疑いの目を 向けている。 ことの真実がどうであれ、調査から得られたデータは非常に有益であり、質の高い 科学調査である。


南大洋サンクチュアリー

 商業捕鯨を禁止区域としてのインド洋サンクチュアリー(南緯 55度以南)が 1979年に採択され、その状態の見直しが 2002年には行われる予定である。 さらに、1992年のフランス提案に従い、IWCは 1994年のメキシコ会議で南半球 (南緯40度以南の広大な水域)にもう一つのサンクチュアリーを設定した。 インド洋サンクチュアリーの設定以来、インド洋での調査ははぼ皆無である。 また世界的な商業捕鯨モラトリアムがある現在、そのようなサンクチュアリーを 設定することの現実的有用性は不明確である。 しかし、シロナガスクジラなど南氷洋における大型ヒゲクジラのための調査計画に ついての具体的提案が今年の IWC会議に提出されると思われる。

 この調査計画がシロナガスクジラ資源の回復を助ける具体的措置の開発を促す 可能性がある。 南半球シロナガスクジラは 30年にわたり保護されてきたが、当初の 25万頭に比べ、 現在は 460頭と推定されている。


小型鯨類

 小型鯨類についてなんらかの管理制度を設定する緊急な必要がある。 しかし、国際捕鯨取締条約は「鯨」という語を定義しておらず、IWCがイルカ類の 捕獲を規制する権限をもつかについては論議があった。 現在までのところ、IWCは、科学委員会が小型鯨類について研究し、助言を行うことが できるという点で合意し、相当量の指定捕獲・混獲および受動的漁具などにおける 小型鯨類の死亡率の検討を行った。 これらの法律上の問題を解決するために、1993年に IWCの中で小型鯨類問題に対処する ためのメカニズムを検討するための作業部会が設置され、世界的規模の効果的な管理が 必要であるとの考えにたち、法的な困難さが伴うにもかかわらず、この問題に対処する ための予備的な枠組を開発する決議が採択された。 作業部会は、調査と検討における沿岸国の参加およびデータの入手可能性および 信頼度の改善などを含め、科学委員会の小型鯨類小委員会が系群同定を行う方策を 討議している。


ホエール・ウオッチング

 これは鯨類資源の持続可能な利用として IWCがかかわる活動として新しい展開を 見せている。 顧客を自然の生息水域に引率し、鯨を観察させることで巨額の利益をあげることが 可能である。 しかし、ホエール・ウオッチング活動による弊害も懸念されている。 例えば、厳しい規制がなければ、人間が鯨の繁殖水域に進入し、鯨を混乱させることも あり得る。 鯨類生息地の撹乱の可能性を調査し、適切なガイドラインの策定を検討するための 作業部会が設置されている。


環境と鯨類資源

 海洋生態系全体との関連で鯨を研究することが重要である。 IWCは鯨類に対する環境変動の影響、すなわち、化学品による汚染や地球温暖化と いった環境変化が鯨類に及ぼす影響についての研究を最優先させると決定した。


結論 − 捕鯨問題をめぐるジレンマと論争

 鯨類資源の包括的評価と RMPに関する科学的作業により、ある資源について 商業捕鯨のための捕獲限度が算定できるところに達したが、IWCはゼロクウォータ 解除を検討する姿勢を見せていない。 適切な監督、国際監視、データ報告、およびモニタリングなど将来の完全な 改訂管理構想に組み入れられる必要な安全措置についての懸念が十分に払拭されて いないこと、また人道捕殺などの問題が未解決であるとがその根拠とされている。

 沿岸国の主権およぴ管理における警戒的原則など国連海洋法条約内での展開が みられ、IWCでは国際捕鯨取締条約の解釈と適用における変化が起こっている。

 改訂管理方式の科学的側面が完成したいま、資源の持続可能開発の例として一定の 鯨種の商業捕鯨を再開すべきであると主張する政府と、鯨は消費のために捕獲すべきで なく、ホエール・ウオッチング、教育またその美的価値の対象として完全に保護すべき 「特別な」動物としてみなす世論に影響を受けた政府の間に存在する対立の問題を IWCはいまだに掌握しかねている。

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