IUCNは自身の信用を特定利益団体にゆだねている

(HNA(ハイ・ノース・アライアンス)発行 "The International Harpoon"(1997年10月)からの訳。 27-Feb-2001。
原題:"IUCN Lets Credibility Slide into Hands of Special Interest Group"、他)




いったいどの国際団体が、争いの真っ最中に、その当事者に弁護人、仲裁人、控訴裁判所などの役割をさせているであろうか? また、いったいどの国際団体が、結論に至るまでの過程や根拠を示す文書もなしに科学上の検討を行っているであろうか?

答えはなんと「 IUCN - 国際自然保護連合(the World Conservation Union) 」である。

IUCNは国、政府系機関およびNGOのいずれにも加盟への道を開くという、まれに見る国際団体の1つである。 現在は、75以上の国を含む約865のメンバーから成る。 IUCNにはボランティアの専門家の膨大なネットワークがあって、それらは6つの委員会を構成し、中でも「種の保存委員会(Species Survival Commission)」は最も重要である。 この委員会は、アフリカ象専門家グループ、クマ専門家グループおよび鯨類専門家グループなど多くの専門家グループを監督する。 専門家グループの役割のうちの1つは種の保存状態や種への脅威を評価し、それらの管理について政府間組織に助言することである。

IUCNのボランティア・ネットワークは、種の保存の分野における広大な専門知識を動員するが、そのボランティア精神や情熱には公式な組織および手続きというものが欠けている。 IUCNの助言はCITES(Convention on International Trade in Endangered Species、訳注:「サイテス」と読むが、日本では通称「ワシントン条約」)などの政府間組織の意思決定に本質的に影響を及ぼすことができるため、特定の利益団体に利用されて、潜在的に深刻な政治的かつ経済的結末を引き起こす可能性がある。 その一例が、CITESの付属書I (訳注:絶滅に貧していて、国際取引が禁止される生物種のリスト)から2つの北大西洋のミンククジラ系統群を取り除いて国際取引の再開を可能にするという、ノルウェーの提案である。 この件では、ある人物が(訳注: 反捕鯨団体の資金援助を受けている科学者として知られるジャスティン・G・クック(J.G. Cooke)。 以下の原文ではIWCの作業部会における彼の立場をもじって「孤立無援の人(Minority of One)」と書かれているが訳文がスマートにならないので、名前で記載。)、IUCNにおけるこの問題の扱いにおいて、最初は当事者として、次には仲裁人として、そして更には控訴裁判所として重要な役割を果たした。


役割その1: 当事者
昨年、北東大西洋のミンククジラ系統群の資源量評価において、IWCの科学委員会内に深刻な対立があった。 これは初めてのことではなかったが、しかし、そのような対立を避けるために、科学的委員会は北東大西洋のミンククジラ系統群を評価するために特別な資源評価作業部会を設けた。 この作業部会は、最終報告書(Rep. Int. Whal. Commn. 47、1997)についての合意に達した。 しかしながら、最終合意の後に、1人のメンバーが彼の見解を変更した。 報告書が公開されるちょうど数時間前になってはじめて、この異論は発表された。

IWCの科学委員会は通常は鯨だけを対象とする。 しかし1996年にIWCへ提出された科学委員会報告書では、ほとんど1ページを割いて、1人のメンバーを強く非難していた。 資源評価作業部会における同僚達の一致した意見では、彼の振る舞いは承諾しがたく、また科学委員会の仕事にとって妨害であると思われた。 さらに彼らは、作業部会の作業過程に関する彼の記述が誤解を招くものとみなし、他のメンバーに対する深刻な不当行為であると考えた。

科学委員会の報告書にあるように、彼は人間というものは孤立無援状態にある場合には、同僚の意見に同意する傾向があるという心理学的事実で弁明した。

このような観点から言えば、IWCの作業部会で孤立無援だった人間が、ミンククジラの系統群を付属書Iから除外して国際取引を再開可能にするというCITESへのノルウェーの提案に関して、IUCNの分析で中心的な役割を果たすというのは極めて驚くべきことである。 だが、彼が役割を果たした方法は、さほど驚くべきものではなかった。

IUCNはCITES加盟国に対して、絶滅危惧種の取引を禁止する提案や、もはや絶滅しそうでない種を宣言する提案についての客観的分析を提供する。

3人の科学者が、ジンバブエでの今年6月のCITESの締約国会議に向けて出された、北東大西洋および中部大西洋のミンククジラ系統群を付属書Iから取り除くためのノルウェーの提案を、評価検討する役割を与えられた。 先に述べたCookeに加えて、アイスランドのJhann Sigurjnsson、およびオランダのKoen van Waerebeekが評価の任に当たった。 IWCにおけるCookeの異論の多い品行を思えば、さすがにIUCNはIWCの作業部会での多数意見を反映できる人物を最低1人は配置してバランスを取ることを期待した人はいるであろう。 ところが、Sigurjnsson氏も van Waerebeek氏も、北東大西洋のミンククジラの資源評価作業の進展には関与していなかったのである。

CITESが生物種を付属書からダウンリスティングする重要な基準のうちの1つ(いわゆる減少基準)の一つに、直近の2世代の生涯(ミンククジラの場合には40年から50年の間)において資源量が半分以下に減っていてはいけない、というのがある。 Sigurjnssonの見解書では北東大西洋の系統群が、激減基準も含め、付属書Iからの削除のための生物学上の基準をすべて満たしていると結論しており、それはCITES事務局の勧告と同様であった。 だが、Cookeの働きは、ミンククジラの系統群は50%以下に減った可能性が大であるかのような印象を作り出した。


役割その2: 仲裁者
ではIUCNはどのように、この相反する見解を扱かっただろうか? 信じられない事に、論評者のうちの一人であるCookeに、対立点を分類し、最終の分析ドキュメントを編集する役割を与えたようである。 IUCN事務局は、彼がただ一人の編者ではなかったと主張するが、彼の助手の名前を公にする事がはばかられたか、公表する気がなかった。 この奇妙な事実を見れば、最終の分析ドキュメントが大部分、彼自身の見解の書き写しであることを知っても驚くにあたらない。

Sigurjnssonの見解は、彼の名前が3人の論評者のうちの一人としてリストされてはいるにもかかわらず、その間、全く無視された。 「私は相談される事もなく、論評者の一人として名前が出ていて、それ故に分析ドキュメントの内容に多少の責任を負っているにもかかわらず、それを読む機会も与えられませんでした。」とSigurjnssonはIUCN事務局あてに書いた。 彼は「IUCNの分析は、不適当な点を強調したり、係争点に関して誤解や不正確な情報を与える事によって、ノルウェーの提案に反対するものになりました。 これはCITESへの各国代表団に、彼ら自身の結論づけの助けとなるように中立な意見を提供すべき文書にとって、最も不幸な事態でした」と語る。


役割その3: 控訴裁判所
巨大な会議ホールでは、ほとんどの人は、後方に座る発言者を見ることができず、また、発言者は個人名ではなく所属団体で示される。 それゆえ、ほとんどの人は、IUCNを代表して話す声が組織内の主導的な立場あるいは主な責任を担った人物ではないことに気付いていなかった。 IUCNを代表して話していた声は、他でもないCookeその人であったが、彼とIUCNの関わりは、彼が鯨類専門グループにおける私的なボランティア・メンバーであり、IWCの会議においてIUCNからのオブザーバーとして参加した事があるという点にすぎない。 彼は、途中経過や自分の役割に対する批判に関してコメントしなかった。 いくつかの事実の誤りがあるとは認めたが、北東大西洋のミンククジラ系統群の状態に関する意見の不一致は解釈の問題であって訂正する必要はない、と述べた。

焦点が資源状態についての議論ではないと判明したので、ノルウェーの代表団は対応しなかった。 ほとんどの発言者は、生物学的視点からミンククジラの系統群は絶滅の危機にあると分類されるべきではないと理解していた。 議論は、IWCとCITESの関係、およびCITESの決定がIWCの捕鯨禁止に基づくべきかどうかに集中した。 貿易をモニターするための適切なメカニズムを確立することが可能かどうかの問題もまた中心課題であった。 IUCNの信用にとって、他の国際的な団体に提供する助言の質および客観性を保証するための手法を開発し制定する事が根本的に重要である、とJohann Sigurjnssonは我々に語った。 最も重要な必要条件は、プロセスの透明性に違いない。 今日、プロセスは、偶然性や個人的イニシアチブによって特徴づけられるように見える。 これはIUCNが、様々な特定利益団体に悪用されかねない危険性を暗示している。


結論
CITES提案の客観的分析という目的の達成を保証するために、IUCNは適切な手法を採用しなければならない。 科学的な問題について対立する見解が存在する場合、関連する見解はすべて適切に反映されるべきである。 編集過程の目的の一部が論評者の矛盾する見解を解決することであるのだから、見解を提供する論評者は編集のプロセスの一部であるべきである。 更に彼らは、印刷される前に最終ドキュメントを見る機会を与えられなければならず、また、彼らのいかなるコメントも適切に反映されるべきである。 可能ならば、分析の草案バージョンは、コメントを求めて広く科学者達に回覧されるべきである。 透明性の名のもと、論評者からの見解書はIUCN事務局(IUCN Secretariat)によって、要求に応じて公表されねばならない。

今年のIWC会議の冒頭声明の中でIUCNが表明した、客観的な科学への委任、また鯨の保存および管理への長年の関心と関与などを考慮に入れ、我々としては、IUCNが客観性を確実にするために完全を期する事を期待するだけでなく信ずるものである。



IUCNがまだ加盟団体として受け入れていない組織のために働く一方で、捕鯨問題でIUCNを代表するに至った男(画像加工はHNAによる)



IUCNの分析における誤り

「最近の2世代で激減」
最近の2世代の間に北東大西洋のミンククジラが激減したというIUCNの誤解を招く主張のからくりは、事実の提示と無視の組み合わせにある。

112,000頭という推定値は現時点における系統群の状態の情報を与える数である。 したがって、この数字が、最近の2世代の間の激減の可能性に関する議論の基本を提供する。 にもかかわらず、IUCN分析は、86,000頭という推定値に基づいてミンククジラが1952年以降30-55%減少した可能性を論じた論文を参照している。 「最近の研究(SC/47/NA13)では86,000の代わりに112,000という値を用いたほうが資源減少の程度を推定する上で説得力があり、資源減少の程度はIUCNの分析が示唆するよりも軽い事が示されている」とSigurjnssonは書く。

「統計的に有意な減少」
北大西洋のミンククジラが大幅減少したという考えは、問題の系統群が1951-87年の間に「かなりの減少(significant decline)」をしたという、1991年のIWCの科学委員会の報告書からの引用によって支持されている。 だが、これは引用された1992年のIWCの科学委員会報告書の記述を正しく反映していない。 IWCの報告書では、「統計的に有意な減少(statistically significant decline)」が1952-1983年の間にあったと述べている。 「statistically」という語を省略することによって、文面を完全に異なった誤解を招く意味のものに変え、ノルウェーのダウンリスティング提案への評価に含みを持たせるようにしている、とSigurjnssonは言う。 「統計的に有意な減少」とは、減少幅は今現在の資源状態にとって小さいか、全く影響のない程度かもしれないものの、資源が減少した事は統計的手法で示せることを意味するにすぎない。 だが「かなりの減少」だと、減少の程度が系統群の状況にとって深刻である事を暗示してしまう。

「保護資源」
IUCN分析は更に、1986年にIWCの科学委員会によって北東大西洋のミンククジラが保護資源に分類された事に言及している。 この分類の基準は、資源量が捕獲開始前の頭数の54%以下へ減ったがどうか、という事である。 だがIUCN分析が隠しているのは、この1986年の分類が、標識回収法のデータによって頭数を44,000とした、激しい論議の的となった推定値に基づいているという事である。 今日、この問題に精通している者は皆、この評価が信頼できないものであったことを知っている、とSigurjnssonは書く。 IUCN分析はまた、この分類過程全体が今ではIWCで否定されている不適当なものであり、それゆえ今再びこのように分類する事は論外であるという事をも隠している。

「等しく信頼性がない」
北東大西洋のミンククジラ系統群の最新の資源量推定値は112,000頭である。 それは1995年の広範囲での資源調査に基づく。 IWCの科学委員会は、この推定が、1988年と1989年の資源調査に基づく86,000頭と比較して、より信頼できるとしている。 委員会の1996年の報告書によれば、その理由は、とりわけ調査方法における重要な新しい進展にある。

IUCN分析は、2つの資源推定は等しく信頼性がないと言うが、どちらがより信頼性が高いかについての重要で適切な情報を省略している。 代わりに、IUCN分析は、科学委員会が最終的な値として112,000頭を採用しなかったと述べる。 これは科学委員会報告書のやや偏った解釈である。 報告書の文では、合意された数字に信頼性がないとは決して述べていない。 IUCN分析の言い分は、Cooke自身の昨年の論文での意見を再録しているだけなのである。

最新の最も信頼できる推定値である112,000頭に基づけば、過去50年間の95,000頭の捕獲によって資源量が50%以下に減ったとするのは無理なだけではない。 もしそうなら、初期資源量が224,000頭で、その後、未知の理由によって、鯨の再生産能力が今にいたるまで超低水準へ落ち込み続けてきた事になってしまうからである。



タイマイ − IUCNは甲羅に逃げ込む

IUCNによってタイマイは絶滅の危機にあると分類されているが、IUCNの海ガメ専門家グループから、どのような理由でそのように分類されたかの情報を得る試みは失敗に終わった、とトロント大学のNicholas Mrosovsky博士はネイチャー誌に書いた(1997年10月2日)。 絶滅種への分類を客観的で透明にするためには、背景情報は公開されねばならない。

Mrosovsky博士はまた、タイマイを絶滅に瀕した種から除外して限定した貿易を可能にするという、今年6月のCITESのキューバ提案へのIUCN分析に極めて批判的である。 分析の編者らが、内容のうちのいくつかについてキューバ代表団への手紙で部分的に認めて謝罪したように、分析はいくつかの重大な誤りを含んでいた。 しかしこれは、データ源のいくつかにまつわる秘密に比べると、IUCN分析の最悪の特徴ではない。

これらデータ源の多くは、参考文献リスト中で"litt."と"name"でもって、IUCN宛にその人物によって書かれた書簡に書かれているものとして引用されている、と彼は言う。 参考文献リストがあるという事のポイントは、文中の主張を裏付けるデータの詳細を人々が調べることができるということにある。 しかし、文献のうちのいくつかのコピーを得る彼の試みは無駄に終わったのだった。

確認可能なデータに基づいた分析であるべきものが、秘密科学に基づいた主張へ堕落してしまった、とMrosovsky博士は書く。 何人かの人々が、SSC(Species Survival Commission - 種の保存委員会)は本当は「秘密科学委員会(Secret Science Commission)」を意味するのだとジョークを言うのも無理はない。



IUCNのレッド・リストは「なぜ?」の問いに答えられない

IUCNのレッド・リストの読者によって頻繁に出された質問は、「なぜこの生物種は、別のカテゴリーではなくこのカテゴリーに分類されるのか?」というものである。 そのような質問に真摯に答えるのは困難であるか、あるいは不可能でありうる。

例えばミンククジラの場合を考えよう。 これは、主要な6つのカテゴリーの中で危険が少ない"Lower Risk"カテゴリーに分類される。 このカテゴリー内には、次の3つのサブカテゴリーがある。

Conservation Dependent
Near Threatened
Least Concern
南氷洋のミンククジラは"Conservation Dependent"であり、北半球のミンククジラは"Near Threatened"である。

リストの基準を見て、我々High North Allianceは、なぜ両者に違いがあるのか、あるいは、なぜ両方とも"Least Concern"でないのかわからなかった。 そこで、我々は、この分類を担ったIUCNの鯨類専門家グループに説明を求めた。

すると、「時間的制約およびボランティアというものの性格上、各分類の根拠を示す公式の文書はされていません」と言われた。 しかし、主要なカテゴリーへの分類には広い合意があったが、サブカテゴリーを解釈する方法には相当な不確実性があるようだと言われている。

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