海賊捕鯨プロパガンダ

(HNA(ハイ・ノース・アライアンス)発行 "The International Harpoon"(2001年7月)からの訳。 15-Dec-2001。
原題:"Fall for Pirate Propaganda")




ミンク鯨の国際取引を再開するための提案が投票にかけられる、1998年のワシントン条約(CITES)の会議が始まるちょうど一週間前のことである。 突如として、イギリスの2つの新聞 − ガーディアンとインディぺンデント − が、この提案を支持しそうな政府を怯えさせるようなニュースを流した。 ポルトガル領アゾレス諸島の沖で大規模な海賊捕鯨が見つかったというのだ!

「これまでのところ、アゾレス諸島の200海里沖で12頭の鯨が殺され、後で母船に回収されるよう、ブイに繋がれている」と6月11日付けのガーディアンは報じた。 鯨製品の国際取引が再開されるという期待が、海賊捕鯨者達に活動を容易に行なえるという刺激を与えることになりうる、と反捕鯨団体のWDCS(Whale and Dolphin Conservation Society)のクリス・ストラウド(Chris Stroud)はガーディアン紙に語っている。

このショッキングな暴露は、当然のことながら、豊富な種の鯨を厳格な管理の元で捕鯨する立場の人々にとっては、広報上では災いともいえるものである。 「これで、証拠はそろった。 捕鯨というのは管理不能なのだ。 ガーディアン紙もインディぺンデント紙もクリス・ストラウドも言っているじゃないか。 もうこれ以上証拠は必要だろうか?」となるところであるが・・・。


事実は・・・

両紙が取り上げたWDCSの報告には有力な証拠写真があったのは事実である。 一般読者には写真は普通の漁業用のブイのように見えるが、しかしそれは邪悪な代物である。 なんたって、海賊捕鯨のブイなのだから! いや、厳密には捕鯨用のものではないのだが酷似している。 WDCSが言うように、厳密には「捕鯨で使われるものに似た」ブイなのだ。 ということは、結局は普通の漁業用のブイなのだ。

そして、報告の残りの部分にある「証拠」も同様だ。 ヨットに乗っていた何人かがその目で目撃したという噂なのだが・・・。

目撃者がいたということは、鯨にブイが取り付けられるような場面を目撃した者がいた、ということになる。 だが、実際にはどのヨットも異常な出来事を間近に確認しようと現場に近づいたりしていない。 現場の写真も撮られていなければ、母船やキャッチャボートを見たものもいない。 そして、報告にはガーディアン紙が明言するような、「12頭の鯨が殺されたという」という話はどこにも書かれてないのである。


幽霊船

にもかかわらず、アゾレス諸島の当局は、ガーディアン紙とインディぺンデント紙の深刻な論調のゆえに報告を深刻に受け止め、調査を開始した。

WDCSの報告にあった目撃者の船に連絡はついたが、返答は明確なものではなかった。 誰もブイが付けられた鯨を見たとは確答しなかった、とアゾレス諸島当局の漁業責任者のMarques da Silvaは我々に語った。 結論は、「何も違法なことは行なわれていなかった」というものだ。 むろん、可能性はいろいろある。 クリス・トラウトが「マリー・セレステ号の乗員が捕鯨の現場に出くわしたため、船を捨てて逃げてきた」とでも報告したら、もっと細かく調べるに価したが。

だが、我々はWDCSの報告にあるような、大規模な海賊捕鯨などという話には疑いを抱く。 なぜなら、

  • WDCSは鯨愛好団体であり、

  • 報告はミンク鯨の国際取引を再開するかどうかを決める国際会議の直前のタイミングに出されたものであり、

  • 他の情報源からこの件を裏付ける話は出ていなく、

  • 今日では、大規模な海賊捕鯨を見つからないように行なうことなど、ほとんど不可能で非現実的であるからだ。 なぜなら、船を買って捕鯨に向くように特別な改装をせねばならず、捕鯨ができる乗組員を見つけ、真昼間に見晴らしの良い海で大きな音を出す捕鯨砲で鯨を殺さねばならないのだ。 そして、その後には違法な肉の水揚げを見逃してくれる港の管理者を見つけて、肉を冷凍して密輸せねばならない。

残念ながら、インディぺンデント紙もガーディアン紙も、少しも疑うことなくクリス・トラウトのナンセンス話を鵜呑みにしたというわけである。 おっと、そういえばBBCラジオのワールド・ニュースまでがこの話を報道していたっけ。

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