(日本鯨類研究所 1997年 3月発行「鯨研通信」第 393号より)
飯野 靖夫
日本鯨類研究所
どこかおかしい
本稿は、まず南大洋サンクチュアリー設置を決定したIWCの行動についての法的議論
を紹介・解説し、さらにそこに垣間みえる法的に重大な難点への注意を喚起し、
これを読者諸氏に問うものとしたい。
1993年、京都で開催された第45回年次会議における科学小委員会の討議では一致した
結論には至らなかったものの、フランス提案には保護水域を設定するにたる科学的
根拠がなく、同提案の眼目である索餌水域での鯨資源の保護はRMPによって対処される
との見解が本委員会に提出された。
それにも拘わらず、技術委員会では採択への道を阻まれてしまったフランスの提案は、
本委員会で投票に付されたものの、賛成を得られなかった。
しかし南氷洋におけるサンクチュアリー設置の問題は、次回年次会議までに開かれる
中間作業部会と次回年次会議において継続して検討されることになった。
1994年、メキシコで開催された第46回年次会議で南氷洋にサンクチュアリーを設置
する附表修正は採択される。
しかし科学小委員会議長が本委員会において述べたように、科学小委員会は中間作業
部会の提起した問題を実質的に討議していなかった。
つまり科学小委員会からの科学的助言がなんら得られぬままに、本委員会は
サンクチュアリー設置の決定を下したのである。
「話すことはない。とにかく4分の3の多数を取れ。」
昨年6月、英国・アバディーンにて開催された国際捕鯨委員会(International
Whaling Comission。以下、IWC)の第48回年次会議において、我が国代表団が
南大洋サンクチュアリーの違法性を指摘し、これについての討議を求めたところ、
それに対する多数派国の代表委員たちの反応は一口に言ってこのようなものであった。
サンクチュアリーについて扱う議題13については、日本代表団から前年の議論を
踏まえた二つのペーパーが提出された(IWC/48/33,34)。
その詳細は後に触れるが、これによってサンクチュアリーの設定にかかるIWCの行動の
法的問題はその論点がほぼ網羅され、後はその決着を図るためにどちらがどれだけ
説得的で、正当な主張を展開できるかが問われる段階になった。
しかしそうした議論への期待は裏切られ、実質的な内容についてはなんらの質問も
討議もないまま、この議題はたちどころに打ち切られた。
このような事態がどのような表現をもって国内外で報道されたか(あるいは
されなかったか)はここで問わないが、「国際世論」であるとか、「世界の総意」
という表現で飾られている主張が、あからさまな数による力の行使を背景にしている
ことを多くの人が知るべきだろう。
南大洋サンクチュアリー決定までの経緯
1992年3月、南氷洋に新たにサンクチュアリーを設定するという最初のフランス提案が
なされた。
その主な内容は次の2点であった:第1に、禁漁水域の設定を規定した国際捕鯨取締
条約(International Convention for the Regulationof Whaling。以下、ICRW)
第5条1項に基づき、南緯40度以南を、無期限に、鯨の保護水域(サンクチュアリー)
とする;第2に、当該サンクチュアリーの改定は、鯨の索餌場を保護することに
よって、鯨資源の保存・回復に資することを目的とする。
これに対しては多くの反捕鯨国が支持を表明する一方、日本、ノルウェーなどから、
IWCの掲げる目的との齟齬、改訂管理方式(Revised Management Procedure。以下、
RMP)という新しい管理手法の完成を目前にしながら、これを実質的に実施不可能
とするサンクチュアリー制度を導入することに対する批判、さらにこの年のIWC
年次会議に先立って開催された国連環境開発会議 UNCED で合意された生物資源の
持続可能な開発の原則に逆行するとの指摘が相次いだ。
この年の科学小委員会はフランス提案が科学的検討のための十分な情報を提供して
いないことを指摘している。
ところでこれが提案された頃は、RMPの完成とそのもとでの捕鯨再開が視野に入って
いた。
フランス提案がそのような時期になされたことを考えると、RMPを無意味にし、
商業捕鯨再開を阻止することに本来の目的があったのではないかという疑いがぬぐい
きれない。
結局この提案の本格的検討は次年度に持ち越されることになったが、その第46回
年次会議ではこの提案の抱える本質的な問題点がいよいよ明らかになった。
最初のフランス提案がなされて以降、当該サンクチュアリーの合法性を基礎づける
実体的論拠が年次会合の場において確認されたことは一度たりともない。
ただ第47回および第48回年次会議において、サンクチュアリーの合法性を擁護する
立場からは、本委員会が決定したという事実のみによっていかなる決定も正統性を
獲得しうるとの主張がなされたに止まる。
しかし後述するようにそうした正統性は推定されるに止まるもので、これに反する
事実の存在によって覆される可能性を免れない。
そこで合法的にサンクチュアリーを設置するための条件を確認し、それに照らして
現実のIWCの決定を評価してみよう。
第5条2項が附表の修正に当たっての条件を列挙している。
そのうちここでもっとも注目すべき条件は、附表の修正が第一に「この条約の
目的を遂行するため並びに鯨資源の保存、開発及び最適の利用を図るために必要な
もの」であること、第二に「科学的認定に基づくもの」であること、以上2点である。
ところで現在 IWC科学小委員会では南氷洋におけるミンククジラの生息数が 76万頭
を越える水準にあるとの推定が認められている。
これは慎重に規制された持続可能な商業的捕鯨を充分に許す資源量である。
そうだとするならば、現在敷かれている商業捕鯨モラトリアムさえもが、捕鯨産業の
秩序ある発展という IWCの掲げる目的の一つと両立しない。
ましてや「無期限に」鯨の捕獲を禁止するサンクチュアリーの設定が条約の目的に
適うものであるかどうかは極めて疑わしい。
ちなみに言い添えるならば、商業捕鯨モラトリアムはこの点以外でもその正当性が
疑問にさらされている。
これを規定する附表10(e)の規定はその後段において、「この(e)の規定は、
最良の科学的助言に基づいて検討されるものとし、委員会は、遅くとも1990年までに、
同規定の鯨資源に与える影響につき包括的評価を行うとともにこの(e)の規定の
修正及び他の捕獲頭数の設定につき検討する」と定めている。
現在までこの規定に従った行動はIWCにおいてとられていない。
英語原文によるならば、この規定が本委員会に対して義務づけをするものではない
ことがわかる。
したがって1990年までに本委員会が規定の指示を完遂しなくても、それ自体ただちに
違法ではない。
しかしながら、一方で、時の経過とともにこの規定の指示の実現への期待が徐々に
強くなること、さらにはそうした法的利益と評価されるほど十分な価値を獲得する
ようになることも、否定できない。
モラトリアムの実施から10年、「1990年」から 6年以上がたった今日、後段の言う
「包括的評価」の実施、「捕獲頭数の設定」についての検討が前段の内容を実施する
ための条件であるならば、現状では商業捕鯨モラトリアムを実施・継続する根拠が
改めて問われなければならないであろう。
このように科学小委員会では1994年においても(そして現在に至るまで)、
南大洋サンクチュアリーの最終案が提出されたことも、検討されたこともないまま、
第46回年次会議において当該水域にサンクチュアリーを設定する附表修正が採択
された。
IWCで多数派を構成する締約国が科学的認定にふれることを意図的に避けようと
していたことは、次の事実からもうかがえる。
第46回年次会議で本委員会に先立ち開かれた技術委員会は本委員会に対して次の
ような勧告を行った。
「ノーフォーク島作業部会報告で取り上げられた特定の問題点について管理上の助言を
行なうことを科学小委員会に指示するよう、技術委員会は本委員会に勧告する。」
これの原案は、「南大洋サンクチュアリーに関する全面的かつ最終的決定を行なう
前に、」という部分が冒頭に付されたかたちで、日本から提出されたものであった。
しかし結局、この部分を削除するというオーストラリアの修正案(フランス支持)が
採択され、手続規則により日本原案は投票に付されなかった。
事実上この勧告は、科学小委員会による科学的認定がないままに、本委員会が最終的
決定を下すことを容認している。
技術委員会が締約国の代表委員によって構成されていることを考えるならば、
多数派を構成する ICRW締約国が積極的に条約に反する行動をとっていたと言わざるを
得ない。
ICRWの規定
国際機構は、その憲章的合意に基づいて設立され、その活動は当該合意によって
規定される。
IWCであれば、その活動の正統性はICRWが提供する。
その第5条1項の規定するところによると、「委員会は、鯨資源の保存及び利用に
ついて、・・・、(c)解禁水域及び禁漁水域(保護区域(サンクチュアリー:
筆者注)の指定を含む。)・・・の採択によって、附表の規定を随時修正することが
できる」。
また第1条によると、附表はICRWの不可分の一部をなすもので、IWCは第5条の規定に従ってこれを修正することができる。
以上のことから、IWCは附表を修正し、サンクチュアリーを設置する権限を
有している。
ただし、その権限を正しく行使し、有効な修正を行なうためには「第5条の規定に
従って」という要件を満たすことが必要である。
したがって、「IWCによる南大洋サンクチュアリー設定の正統性や如何」という設問
は、「IWCによる南大洋サンクチュアリー設定の決定はICRW第5条に即してなされたか
どうか」という問いに置き換えることができる。
条約の目的
条約の目的はその前文に「鯨族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序ある発展を
可能にする条約を締結する」とある通り、特別な解釈・註釈を要しないほど明らかで
ある。
現在 IWCでは
商業捕鯨モラトリアムが敷かれており、当該水域で商業目的の鯨の捕獲はまったく
行なわれていない。
また、日本は当該水域内でミンククジラを対象とした鯨類捕獲調査を実施している
が、これはこの水域の鯨資源を脅かすものではない。
さらに鯨資源の保存につき保守的に策定された RMPの科学的側面は完成し、将来の
実施が想定されている。
これらの事情を考えるならば、南大洋における鯨資源の保存を目的として
サンクチュアリーを設定することは屋上屋を重ねるもので、改めてそれを設定する
必要性は見出しがたい。
科学的認定
当該サンクチュアリー提案を支持する科学的認定があるかないかは、IWC
科学小委員会による認定の有無で測ることができる。
1992年以来、科学小委員会の議題に南大洋サンクチュアリーが加えられているが、
同委員会はいまだかつてこれに科学的に正当な根拠を認めたことはない。
本委員会において当該サンクチュアリーの設定が採択された 1994年の第46回年次会議
においても、科学小委員会はなんらの勧告もしていない。
ところで、この年次会議に先立ち、南大洋サンクチュアリーに関する特別の
中間作業部会がノーフォーク島で開催された。
これは第45回年次会議において本委員会の決議により設置されたものである。
この作業部会は15の勧告を提出した。
このうち、勧告の3及び7は特に科学小委員会に対して、今後も本委員会に対して
引き続き科学的助言を提供すること、およびいくつかの生態上の問題につき研究を
継続し、ガイダンスを提供することを求めている。
これらの勧告はこの年の年次会議に提出され、本委員会がこれを受理した。
この本委員会において科学小委員会議長は、日本の質問に答えるかたちで、この勧告
に関連して実質的討議は行なわれなかったと述べている。
結論
以上のように、南大洋サンクチュアリーを設定するという IWCの決定は、ICRW
第5条が要求する附表修正のための要件を満たしていない。
この決定において IWCは、条約において合意されたその権限を逸脱している。
したがって、当該決定は無効であり、すべての締約国に対して拘束力を持たない。
1995年の第47回IWC年次会議では、サンクチュアリー決定の違法性を述べた日本の
見解に対して、その合法性を主張する反論が提起された。
その主意は次のようにまとめることができよう。
「現在の条約が作成された 1946年以来、すでに半世紀を経ている。
一方でその間の文化的・社会的・技術的変化や、他方で条約成立後の機構(この場合
IWC)の実行は、条約の文言、とりわけ条約の目的を解釈する時、充分考慮される
べきである。
鯨類の利用を排除してでも、その保護を重視してきた近年の IWCの実行によって、
ICRWの目的、科学的認定の解釈は変化している。
そうした変化を前提にするならば、南大洋サンクチュアリーは条約の目的に反する
ものではなく、これを設置した IWCの決定は有効である。」
この見解は、条約を間に対峙する主権国家と国際機構との関係について、ある一つの
傾向を代表している。
すなわち、国際機構は一度設立されるや、その個別の加盟国とは独立の存在として
成立するのであるから、それ固有の発展を遂げ、活動を変化・拡大させることが
できる、というものである。
食糧・環境問題をはじめ、地球規模の問題の数々が人々の関心を集めている今日、
個別の国家的利害を超え、国際社会の組織化を推進してこれに取り組む必要性が
つよく認識されている。
その関連で、国際機構により強い権限の根拠を広く認め、諸問題へのより効果的な
対処を望む、先のような見解が有意義であることは広く支持を集めている。
国連総会でなされる議決に対し何らかの法的意義を付与し、その規範的拘束力を
理論的に基礎づけようという努力から「ソフト・ロー」が主張されたことはその
もっとも顕著な例と言える。
しかしこの傾向は、一方における国家主権を不用意に圧迫するという問題をはらんで
いる。
確かに個別国家の主権を尊重することから、国際的な問題の処理が遅々として進まない
という例は数々ある。
しかしそれと同時に、それぞれの地域の住民を代表し、あるいは彼らを保護する存在
として、われわれは主権国家の最終的代替物を見出せていないのも事実である。
したがって一方的にどちらかの傾向に棹さすことは、それ自体誤った選択である。
以下ではこのような二つの傾向のせめぎあいに関する理論を介して、南大洋
サンクチュアリーの決定が ICRWに照らし合法的であるという主張に応えてみたい。
ここに国際機構とそれを設置する主権国家(条約の締約国)との間にどのような
関係が成立するのかを簡単に見てみよう。
国際社会において原初的に存在する法主体は主権国家である。
主権国家は対内的には一定の領域内であらゆる個人・集団に対する支配権を独占し、
対外的には一個の完全な独立体として他のいかなる権力に対しても従属しない存在と
観念される。
そうした国家の主権的行為として締結された条約によって、国家と国際機構は
結び付く。
一方で国家は条約に示された目的を達成するために一定の範囲で主権を委譲し、
あるいは制限する。
他方、国際機構は条約上付与された権限を行使し、その目的を達成するために
活動する。
そのとき国際機構はそれに固有の目的を達成するために、独自の意思によって効果的に
活動することが求められている。
そして時として効果的な目的達成という要請は、機構をして条約上明示的に与えられて
いる範囲を越えて活動させてしまう。
このような場合に、本来は条約が両者の権限関係を規律するはずだが、あまりに
厳格な条約の適用は、機構の柔軟な活動を抑制し、効果的なその目的達成を妨げる
ばかりではなく、ひいてはその共通の目的を達成するという、本来の締約国の利害に
反することにもなりかねない。
しかしその一方で、条約に明示された範囲を越える機構の活動が認められるとする
ならば、その限度と法的根拠をあらためて確保する必要がある。
なぜならこうした機構の活動の拡大が無限定に行なわれるならば、主権国家が事実上、
国際機構という上位の権力に服するという事態に陥ってしまうからである。
「機構の実行」はしばしは設立文書を補完し、場合によっては変更する効果が
あることは、国際司法裁判所の勧告的意見においても重視されることが多い。
またウィーン条約法条約においても、条約が後からの実行を考慮に入れて解釈される
ことが認められている。
ここで実行は、目的達成に向けられた機構の活動を柔軟に展開させるために不可欠の
道具と見なされている。
機構の実行のこうした役割は、もっぱら国際連合の権限をめぐる国際司法裁判所の
勧告的意見の積み重ねによって確立されてきた。
「国際連合の職務中に被った損害の賠償」(1949年)、「国際連合への加盟承認に
対する総会の権限」(1950年)「国連のある種の経費」(1962年)、「勧告的意見を
要請した安全保障理事会の決議の有効性」(1971年)などを代表とする、一連の
勧告的意見において、国際司法裁判所は一貫して「機構の実行」の存在を認め、
これに設立文書を解釈したり、場合によって変更したりする役割を与えている。
ちなみに、国際司法裁判所の下す「勧告的意見」は法的拘束力を持つものではない。
しかし国際的に最高の司法機関が与える法律的見解としての権威を有しており、
一般に尊重されている。
このように「機構の実行」を重視することは、条約の正式な改正手続きを経ずに、
解釈を通じて実質的に条約の内容の変更があり得ることを示している。
しかしこのことはいかなる実行についても機構の権限の新たな根拠となることを
許すものではない。
すなわち、先に挙げた勧告的意見においては、機関の目的から逸脱し、あるいは
その達成を妨げるものについてまで、有意味な「機構の実行」として承認しては
いない。
「機構の実行」はその機構の目的達成に向けられた活動の積み重ねとして存在
している。
機構本来の目的を実現するという前提のもとで、既存の合意を補完・修正するもの
なのである。
当該機構本来の任務や目的と相容れない活動や行動はそれ自身ただちに違法となり、
認められるべきではない。
なぜならそれは、機構に対峙する国家の観点に立てば、その主権を無制約の機構の
活動に服せしめることに直結するからであり、機構それ自身にとってもその
構成的要素である「機構の目的」に反する行動は自己矛盾を来すからである。
このように機構本来の「目的」が、機構の新たな活動の拡大を最終的に規定するもの
であることは、「黙示的権能理論」や「決議の有効性の推定」においても同様に
認められている。
前者によると、国際機構は、設立文書によって明示的に付与された権能以外に、
その目的の達成のための活動に不可欠な権能が黙示的に与えられていると推定される。
後者は、機構の決議が手続上欠陥なく成立した時点から、その有効性が推定される
ものとする。
このいずれも「目的」により限界づけられている。
前者の場合には、「目的の達成」という要請に従い、明示の権能の定めのない、
いわば権能の「空白域」に機構が踏み出すことであるから、「目的」が羅針盤の
役割を果たすことが期待される。
後者の場合には、決議が正規の手続を経て採択されれば、その有効性、機構の目的
との整合性が強く推定されることは当然のことと言える。
なぜならそうした整合性に欠ける決議がなされようとするならば、機関の構成員に
よって審議中にチェックされることが当然に期待できるからである。
「目的」に反する決議が本質的に当該機構と相容れず、違法であることはもちろん
である。
国際機構と主権国家
今日の国際社会にあっては、さまざまな国際機構が個別の国家から独立した存在と
して活動しており、IWCもそのひとつである。
この場合の国際機構とは、複数国の合意に基づいて設立され、通常は各締約国の
政府代表によって構成されることから政府間国際機構を意味する。
国際機構とは、「多数国が特定の共通目的を継続的に達成するために、多数国間条約
(基本条約)または既存の上位機関の決議など国家間の合意に基づいて設立された
国家の集合体であって、固有の内部機関と権能を持つもの」と定義される。
こうした定義で捉えられる国際機構の概念は、以下に列挙するような 4つの要素を
基礎においている。
1または 2以上の国家間条約によって設立されていること、常設の組織体を形成して
いること、当該国際機構の固有の意思が存在すること、条約において付与された
目的を達成するという任務・権能を有すること、である。
ここで「条約における目的」は国際機構の構成を決定する枢要な指標であると評価
できる。
国際機構の活動拡大の法的基礎
国際連盟や国際連合をはじめとする国際機構が歩んできた歴史の中では、このような
国際機関の活動の拡大とこれに対する国家の主権的統制との整合を図る法的基礎を
見出す努力がなされている。
そのような法的基礎としては「黙示的権能理論」、「機構の実行」、「機構の行為の
有効性の推定」があげられる。
これらはもっぱら条約の明示した範囲を超える国際機構の活動拡大の論拠として
理論化されたものである。
しかしそれは裏を返せば、その活動の拡大に対して限界を設ける役割を果たすもの
でもある。
結論
条約に明示されていない機構の活動拡大の論拠として承認されている以上のような
理論づけに照らしても、南大洋サンクチュアリーを決定した IWCの行動は容認
されない。
第一に、国際機構を形作る構成的要素である「目的」の解釈替えが容易に認められる
とする見解は、退けられなければならない。
そのような見解にたつならば、一方で、国際機構の同一性が容易に動揺し、その内部
に根本規定と実行との矛盾が充満する事態を避けられない。
他方で締約国においても、一定限度で主権を制限・譲渡することに合意したにも
拘わらず、それが無限定に浸食されるという危険にさらされるからである。
第二に、条約などの形で合意された「機構の目的」が機構の活動を根本的に規定する
ものであるならば、サンクチュアリー決定は ICRWが定める IWCの権限を逸脱し、
条約と本質的に相容れない。
ここでは、南大洋サンクチュアリー設定の法的問題を解説してきた。
あからさまにその設立条約である ICRWを無視するという、IWC多数派締約国の姿勢は、
積極的に国際機構の活動を拡大するための国際法上認められている論拠を援用しても
正当化できない。
こうした条約の無視は、一つサンクチュアリーに限った問題ではない。
モラトリアムの決定や、条約に基づく捕獲調査に対して繰り返される中止決議など、
IWCにはますます ICRWと矛盾する事実が積み重ねられている。
今や IWCが法的に有効に存在することさえ疑いをもって検討するべき段階に
至っている。
ここでは、実体法的側面からその合法性について検討した。
残された問題は、手続的な側面である。
ここで確認した違法状態をどのような方途によって審査・宣告することができるか、
つまりどこに訴えることができ、そこでの結論が法的に強制可能なかたちで得られる
のか、という問題である。
一般的に、このような国際機構と加盟国、あるいは加盟国同士の国際紛争について
強制力をもって審判を下す司法的機関は存在しない。
そこでまず IWC内での解決が図られるべきだろうが、現状では非常に大きな困難が
予想される。
そもそも多くの国際法学者が想定する「通常」、「当然」が通用するのであるならば、
こうした問題は避けられたはずである。
すでにモラトリアム決定から 14年、サンクチュアリー決定から 2年、権威ある
国際機構としての IWCの正常化のために「次のステップ」が真剣に議論されるべき
時期にきている。
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