食物アレルギーと鯨肉の効用

(「勇魚」第7号、1992より)

角日 和彦
アレルギー児親の会あすなろ会顧問
坂総合病院小児科医師



 年々増加する食物アレルギーを持った方(大人も子供も)のために、 何とか鯨肉が利用できることを願っている。 アトピー性皮膚炎や気管支喘患、アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患を 持つ人が急増しており、昨年の 8 月に行われた厚生省の全国調査でも、3 人に 1 人が 何らかのアレルギー性疾患を有している事が報告されている。 その原因として住環境や食環境の悪化が考えられている。 食物アレルギーは、その人に合わない一定の食品を食べると、数分〜数日後から、 吐く、腹痛、下痢、口唇が腫れる、じんましん、鼻水、鼻づまり、のどが詰まった 感じ、呼吸困難、咳、喘息、アトピー性皮膚炎の悪化、頭痛、全身の倦怠感等の症状が 現れる病気で、最悪の場合は死亡することもある。 食物アレルギーとはある食品を身体が受けつけない拒否反応であり、一種の防衛反応 である。

原因となる食品は、鶏卵、鶏肉、牛乳、牛肉、豚肉、魚貝(タラ、サケ、赤魚、エビ、 ホタテ、アサリなど)、小麦、大豆、米、ソバ、ピーナッツ、 チョコレートなどが多い。 なぜ、これらの食品に対してアレルギーを作ってしまうのか? まだ、はっきりした事は言えないかもしれないが、患者さんたちを毎日診察していると 次のようなことが心の中に沸き上がってくる。 食べ物が汚くなっているのではないか? つまり、農薬や食品添加物など化学物質(特に発癌性のあるもの)によって 汚染されているのではないかと。 汚染された食品を身体は嫌い、アレルギーを起こすことで汚染されることを避けている のではないか?

 ある 1 才のアトピー性皮膚炎の患者さんは、近所のスーパーマーケットで買った 豚肉で皮膚炎は悪化するが、飼料も吟味して丁寧に育てられた豚の肉では 症状がでない。 ある 2 才のアトピー性皮膚炎の患者さんは、きれいな川の河口で採れたシジミは なんでもないが、汚染されている川のシジミではアトピー性皮膚炎が悪化する。 現在、その辺で安く売られている卵は、みかけは「卵」でも、中身は昔の卵にあらず。 さほど遠くない昔、鶏は庭に放たれ菜っ葉やミミズをついばみ、我が鶏族の繁栄のため と思い産み落とした卵を、人間が失敬して、食卓にのせていた。 現在は、他の鶏を傷つけないようにクチバシや爪を切られ、狭いカゴに詰め込まれ、 薄暗い鶏舎の中で、農薬で汚染された輸入穀物をたべ、餌に混ぜられた抗生物質 などの化学薬品でやっと見掛けだけの健康を維持し、卵を生む機械の様になった鶏 から卵は作り出されている。 鶏肉もしかり。 牛乳・牛肉も同様である。

食べるとは、その生物の持つ生命力を我が身に取り込むこと。 薬品でやっと維持された見掛けだけの食品を食べても健康は維持できない。 アレルギーを起こしやすい食品(特に肉や卵・牛乳)は、人間が自然界から引き離し 人工的に、かつ、無理やりに大量に飼育した、生き物たちだ。 そこに、何か間違いがあるのかもしれない。 人類という動物が生きていくために必要な最低レベル(量の問題ではなく、 食べる食品の質の問題で)の食生活さえも維持できないとき、アレルギーは 発症するようだ。

 現在、食物アレルギーの方達が、自分の体質に合わせて比較的食べても大丈夫と 思われる蛋白源は、鯨肉、兎肉、鹿肉、カモ肉など自然の状態で育った動物の肉、 きちんと育てられた豚肉・鳥肉・牛肉、天然の新鮮な魚介類、農薬の残留が少ない 豆類など。 ただし、過食は厳禁で、必要最低の量を季節を考慮して食べなければいけない。 そして、日本人が昔から食べてきたやり方、和食を基本にする。

 鯨は今まで、天然の哺乳類の蛋白源としては、最も利用しやすい食品だった。 いまのところ、鯨肉で激しいアレルギー症状を起こした人はいない。 しかし、アレルギー治療のために鯨肉を多量にたべることを薦めるものではない。 アレルギーを持つ方たちが、蛋白源を選ぶ時の選択枝の 1 つとして、日本人が 作り上げてきた食文化として、是非残しておいて欲しいと思っている。

 ただ、ひとつ心配な事がある。 海が汚染され続けていることだ。 北極のアザラシたちにも汚染が進んでいると聞く。 海が汚染され、大海を悠然と泳ぐ鯨たちにも汚染が進めば、鯨肉のアレルギー もおそらく増えるであろう。 人類は鯨たちに、きれいな海を提供し、その恵みを少しだけ頂く。 人類が自然体系を壊すことなく、地球上の生き物たちの一部分として、 ささやかに生存できることを願っている。

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