殺戮者としてのイルカが明らかになりつつある

("The New York Times"(1999年7月6日)からの素人訳。10-Feb-2001。
原題: "Evidence Puts Dolphins in New Light, as Killers" (by William J. Broad))




イルカは動物の賢さの陽気な模範であり、難船した水夫を守ったり、波の中で幸福に戯れて日々を過ごすことで知られ、皆に愛されている。 映画、テレビおよび水辺のショーは彼らのおどけたしぐさを呼び物にする。

今日では、何千もの観光客が、飼育された、あるいは野生のイルカと泳ぎ、彼らの知能と交歓しようとする人の数はとどまるところを知らない。 最近は多種多様な組織が出てきて、フロリダ・キーズ、アゾレス諸島およびニュージーランドのような場所で野生のイルカで泳ぐことができ、パンフレットの宣言によれば情緒的な癒しや精神的な覚醒を経験できる、というツアーを提供している。

しかし科学者達は、血生臭い手がかりを追跡して、イルカは人々が思っているような幸福で平和な生物からほど遠いことを発見しつつある。

増えつつある証拠が示すところによると、3.5メートル程度にもなる動物が群れをなし,くちばしを棒のように振り回し、鋭い歯の列でなで切りにして仲間を殺しているという。 マイルカ科のイルカが多くのネズミイルカ科のイルカを攻撃して死に追いやる事が判明した。 殺した相手を食べる他のほとんどの動物と違って、イルカは食物の必要性と無関係な殺害の衝動を持つようである。

それらは、繰り返し起きる幼児殺しで観察された。

スコットランド沖で、ある科学者は約1時間にわたって、大人のイルカが赤ん坊イルカを口で拾い上げては水面に叩きつけるのを繰り返し、やがて海に消えるのを、衝撃を受けて見ている。

ヴァージニア沖では、研究者達は、少なくとも9頭の赤ん坊イルカが肋骨を折られ、頭蓋骨と脊椎骨が粉砕されて殺されているのを見つけた。 1頭の小さな赤ん坊イルカには、大人のイルカの歯のパターンと一致する穴があった。

「私たちは、イルカにとても良いイメージを持っています」と、ワシントンD.C.の米軍病理学研究所(AFIP - Armed Forces Institute of Pathology)の獣病理学者であり、ヴァージニアの研究を援助したデール・ダン(Dale J. Dunn)博士は言う。 「だから、暴力を示す発見の証拠には当惑させられます。」

科学者と連邦政府高官は、イルカを見たり、餌をあげたり、一緒に泳いだりする事が増える状況で、イルカが人間を傷つけたり殺しはしないかと懸念している。

「野生動物は時として危険です」と連邦政府のイルカの専門家トレヴォー・スプラドリン(Trevor R. Spradlin)は言う。 「しかし、人々は海棲哺乳類、特にイルカを特別な目で見ます。 イルカは人なつっこく、(TVドラマの)フリッパーであり、人々と遊びたがっているという誤解があります。」

スプラドリンが働いている商務省の国家海洋漁業局(NMFS - National Marine Fisheries Service)では、人とイルカが接する沿岸地区のマリーナ、学校および催し事へパンフレットを発送して注意を促す教育キャンペーンを始めた。

「多数の噛みつき事故が報告されました」とチラシは訴える。 「何人かは水中で引っぱられました。 ペアのイルカに食物を与えて、一緒に泳ぐために水へ飛込んだ女性は噛まれました。」 「私は、イルカの口から自分の左脚を文字通りはぎ取りました」と彼女は、病院での1週間の入院中に語った。

ケープ・コッドにあるウッズ・ホール海洋学研究所でイルカと人々の間の交流を研究する科学者エイミー・サミュエルス(Amy Samuels)博士は、これまでのところ傷害件数は比較的小数だったと言う。 しかし、彼女は付け加える、「イルカがスマイルを見せるからといって、彼らが攻撃的ではないとは言えないのです。」

アメリカでは、人とイルカの交流についての規制が緩く、また、多くの国では規則は全くない。 アメリカでは野生のイルカに食物を与えることが禁止されているが、マスクとシュノーケルを身につけた客がイルカ達の間を泳ぐことができるよう、近くのイルカを餌で誘う遊覧船によって常習的に無視されている。 また、昨年完成した、生け捕りにしたイルカを扱う方法についての連邦政府の規則は、水泳センターがいくつかの条件に反対した後、棚上げになっている。 改訂された規則は、来年までに制定されそうにない。

多くの専門家は、大きな事故が起こるまで観光客向けのアトラクションは野放し状態であり続けるだろうと言う。

「彼らは大きな野生動物なのです」とデューク大学の海洋研究所でイルカの攻撃を研究する生物学者のアンドリュー・リード(Andrew J. Read)博士は言う。 「人々はそういうものとして彼らに留意すべきです。」

もちろん、イルカの野蛮性は、マグロ漁で何百万ものイルカを死に追いやる人間の残酷さと比較すると薄らぐ。 大きな巻き網ネットがイルカの頭上を塞ぐと、空気呼吸をするイルカは溺れる。 漁業改革はイルカの死を減らすように努力している。

イルカは鯨の仲間であり、マイルカ科(学術用語のDelphinidae)を構成する32の種は、最長9メートル位でポッドと呼ばれる攻撃的な狩猟の群れで有名なシャチを含む。 しかし、残りの種はもっと小さい。 マイルカは最長2メートル程度であり、またバンドウイルカは最長3.5メートル程度である。 多くのイルカは明瞭な口ばしを持っており、すべての種は中央部の背ビレ、および主としてイカと魚を食べるための鋭い歯を持っている。

また人間にとって重要な点だが、多くの種の口は上向きであり、いつも笑っているかのように見える。

その結果、イルカは長い間人々を魅了してきた。 古代ギリシア人は、海に落ちた船乗りを助けたとしてイルカの利他主義を報告し、しばしば芸術作品でも描写した。

イルカは高度に社会的であり、現実には複雑な言語を持ってはいないと専門の科学者が言うものの、多様なクリック、ホイッスル、ビープなどといった音で互いに意思伝達するように見える。 専門家は、イルカが犬より賢くチンパンジー並みの知能だと言いう。

ニューエイジ系のイルカ関連事業では、状況はさらに「進んで」いる。 広告および旅行の促進においては、イルカは高度に発展した精神的な存在であると言われる。 イルカのまなざしだけでも啓蒙的であるというのだ。

「イルカは私たちの心のドアを開いて、私たちの魂に深く達します」とマリーヘレン・ローゼル(Marie-Helene Roussel)は、自分のイルカ・センター(Delphines Center)のホームページ(www.dolphinswim.com)の広告で言う。 1,600ドルを持っていれば誰でも今月の終わりに、イルカとの「癒しの遭遇」のためバハマ諸島のビミニ島周辺の6日間の航海に参加することができる。

彼女のパートナーで、以前ルイジアナの水泳場救助員だったスワミ・アナンド・ブッダ(Swami Anand Buddha)、は、野生のイルカの目を初めて見た時、無条件の愛、平和および至福を見つけたと言う。 彼はウェブサイト上で言う、「そういう訳で私は、イルカの愛および高い知能によって変革されることの可能性を探求することに興味を持っている人々と仕事をしているのです。」

しかし今、科学者が冷酷な虐殺を発表するにつれ、そのイメージはくずれてきている。 この研究はイルカおよび他の海棲哺乳類の大規模な死が広範囲で見つかった後の1990年ごろに始まった。

ヨーロッパおよびアメリカでは、野生のイルカの生物学的、生態学的および行動学的な秘密を探求する観察計画が始められた。 当初は、ウィルスが大多数の死の原因かと思われていた。

故意の殺害の第1の手掛かりは、アバディーン大学のイルカの専門家ベン・ウィルソン(Ben Wilson)博士と、スコットランド農業大学の獣医であるハリー・ロス(Harry M. Ross)博士によって、北海の腕であるマレー湾として知られていた、スコットランドの北東海岸の大きな湾で見つけられた。 彼らは、多数の骨格の破砕や内臓の破損など、奇妙な組み合わせの傷を負って死にかかっていたネズミイルカ(最長1.5メートル程度)に注目した。

当初はボートや漁網も疑われた。 しかし1994年に、大人のバンドウイルカの歯の0.45インチの間隔と完全に一致した歯形によって側面が裂かれた、殺されて間もないネズミイルカが研究者に発見された。

「おお神よ、過去10年私が研究してきた動物がこれらのネズミイルカを殺しています、という心境でした」とウィルソン博士はふりかえる。

他の証拠もすぐに見つかった。 1991年から1993年まで湾の近くで見つかった105頭のネズミイルカに研究チームが行った検死で、42頭にはイルカの攻撃を示す明らかな証拠があった。

研究チームがイルカによる攻撃の目撃者を見つけ始めた後、疑いは非常に強くなった。 目撃者は、ネズミイルカが逃げるのを2度見た。 イルカの群れによる明らかな2件の殺害はビデオテープに捕らえられた。

1996年に研究チームはイギリスの出版物である英国学士院の会報にその発見を公表した。 「これらの発見は、バンドウイルカの良いイメージをくつがえします」と彼らは述べた。

しかし、なぜイルカが殺すかは、まだ不明であった。 恐らく、ネズミイルカとバンドウイルカが食物を競合するのだと科学者は推論した。 あるいはまた、ネズミイルカは幼いイルカや病気のイルカに対する脅威と見なされているのかもしれない。

子供イルカの殺害は謎を深くするだけであった。 犠牲者は、殺されたネズミイルカとほぼ同じ約1.2メートルの体長だった。 合計すると、研究チームは、肋骨を砕かれ、肺が破裂し、脊柱が脱臼した5頭の死んだ子供イルカを見つけた。

再び、目撃者とビデオテープが証拠の探求を助けた。 1つのケースでは、ウィルソン博士自身が、子供イルカが大人のバンドウウイルカによって打たれ、捕らえられ、空中へ突き出される様子を53分の間驚きをもって目撃した。

すべての場合において、攻撃者の性別は未知であった。 しかし、科学者たちは、殺人者は邪魔な子供を排除し交尾のために女性を解放しようとする雄のイルカかもしれないと推測した。 研究者によると、子供を失った雌は数日のうちに雄にとって魅力的になり、世話する子供がいると何年も性的に不活発になるという。

幼児殺しは自然界において一般的である。 食物が不足すると雌は子供を殺し、また例えば雄のライオンや熊は時おり、新しい伴侶となった雌の子供を殺す事によって、再生や進化上の優勢を得る。

スコットランドの科学者たちは昨年、英国学士院の会報で、「鯨類の幼児殺しを示す最初の証拠」であるとして、これらの新しい発見を公表した。 彼らは、ネズミイルカに対する攻撃は「幼児殺しの攻撃の中で使用される技術」を開発するかもしれないか、あるいは、単純な攻撃か性的欲求不満から生じるかもしれない、と推測した。

同じ頃、アメリカのグループも同様に、その大多数が殺害の証拠となる内部の損傷をもつネズミイルカおよび赤ん坊イルカの死体がヴァージニアの海岸に打ち寄せているのを独立に発見していた。 疑いは1997年に、打撲傷、破壊された肋骨およびズタズタになった肺を持つ赤ん坊イルカが発見された時、初めて生じた。 1996年と1997年の標本のチェックは、他の8頭の赤ん坊イルカの異常な死を明らかにした。

「1体だけは噛まれた跡を持っていました」、ヴァージニア・ビーチにあるヴァージニア海洋科学博物館(Virginia Marine Science Museum)の研究者スーザン・バーコ(Susan G. Barco)はふりかえる。 「また、歯の間の距離は、バンドウイルカのものと一致しました。 サメに噛まれたりボートとぶつかった痕跡はありませんでした。」

バーコ女史に加えて、ヴァージニアの研究グループは、米軍病理学研究所のダン博士、ウィルミントンにあるノースカロライナ大学のアン・パープスト(Ann Pabst)博士、ウィリアム・マクレラン(William McLellan)博士を含む。

ヴァージニアの研究を援助しているネズミイルカ科の専門家であるデューク大学のリード博士は、進化上の要素で幼児殺しの説明がつきそうだと言う。 だがネズミイルカの死を理解するのはより難しいと彼は付け加える。 2種のイルカは異なる魚を食べるので食物競争は原因ではないだろうと言う。 「また、捕食の危険がない場合、1つの哺乳動物が他者を殺す例はほとんどありません」とリード博士は付け加える。

新たに生まれつつある合意は、野生のイルカが冷酷な殺人者でありうるということである。

連邦政府高官は、イルカが十分訓練されていて、プールや閉じられた湾で専門家が監督している状況下では、一緒に泳いでいる人間に対する危険はほとんどないと言う。 この分野を監督する農務省の動植物健康検査サービス(Plant Health Inspection Service)の獣医であるバーバラ・コーン(Barbara A. Kohn)博士は、過去5年に、そのようなビジネスの数が4つから18にまで増えたと語る。 また、その種の観光客アトラクションはまだ多く計画されているという。

コーン博士は、1994年を通じて傷害の割合は統計上10,000人につき1人未満であったと言う。

「これはかなり良いわ」、重傷はその時以来報告されていないと付け加えて彼女は言う。 「今後もかなり安全であり続けるでしょう。」

専門家が一致するのは、危険性は野生のイルカと泳ぐという、徐々に一般的になりつつあり、規制されていない娯楽の場合にあるという事である。 例えば、フロリダ州のパナマ市にはそのような冒険を提供する船が半ダースある。

「爆発を待つ時限爆弾と同じです」と、アメリカ沿岸域のイルカを監視する国家海洋漁業局のスポークスマンのステファニー・ドレザス(Stephanie K. Dorezas)は言う。

連邦政府高官は、野生のイルカに関する最近の科学的な発見と大きな動物との近年の災難が、連邦政府の警告キャンペーンに新段階の緊急性を与えていると言う。

「私たちは、人々が海岸へ行ったりイルカ・ウォッチングに行くのを妨げようとしているのではありません」と漁業サービスのスプラドリン(Spradlin)氏は言う。 「しかし、彼らは、それを安全に責任を持って行う必要があります。 それは、バード・ウォッチャーやサファリに行く人の場合のようなものです。 同様の注意や考慮を海洋動物にも適用する必要があるのです。」

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