21世紀の捕鯨にむけて

(平成12年3月発行の「水産庁船長会会誌」第23号より)

小島 敏男
フリージャーナリスト



1.はじめに
 私は日本の南極海鯨類捕獲調査に母船日新丸で3回同行したことがある。 最初は1991−92年の第五次調査で、私が30年間勤めたロイターを辞めフリーになった直後だった。 その後の2回は第七次と第九次で、水産庁非常勤の英語通訳として同行した。 はじめの南極行きがきっかけとなって、日新丸のほか8回ほど水産庁の主にマグロ漁業の取締船に通訳として、東光丸、白竜丸、それに共同船舶の傭船などに乗船の経験をした。 また日本政府が第45回国際捕鯨委員会(IWC)年次会合を京都に招致した1993年には、一時期だが財団法人日本鯨類研究所の嘱託職員として席をおいたことがある。

 私は、現在、全国漁業調査取締船事業協同組合の中山覚介氏が白竜丸の船長をしておられた時に、北西大西洋航海へ通訳として同行したことがある。 それ以来中山船長(私は今でも彼をそう呼ばして頂いているのだが)に親しくして頂いる関係から、「捕鯨もしくはクジラに関して何か」書いてほしいと依頼された。

 私は現在の捕鯨禁止を理不尽なものと思っている。 ミンククジラ等資源量が豊富に存在することが世界的に認められ、かつまた世界の学者が英知を以って資源量にダメージを与えることなく持続的利用を可能にした資源管理方式、いわゆる改定管理方式(RMP)、を確立したからには、捕鯨のモラトリアム(一時禁止)は解除されるべきだと思っている。

 現在、一般的に広く捕鯨産業は過去の産業と思われている。 捕鯨はその長い歴史のなかで、クジラ資源を乱費しながら、その時々の社会的ニーズを満たしてきた。 クジラのひげとか骨とか、そして特に鯨油供給のための捕鯨は過去のものとなった。 これらに取って代わるものが、より大量により廉価で供給されるようになったとか、ファッション等の生活様式が変化したからだ。 しかし捕鯨産業が持つ食料供給という分野では歴史的役割は終わっていない。 それどころか、ますますその必要性は増し、地球にやさしい未来産業としての歴史的役割をになう必然性をもっていると思う。 そこで「21世紀の捕鯨に向けて」と題して書いてみることにした。


2.クジラを食べて地球を救おう
 私は最初から捕鯨賛成の確信者であったわけではない。 最初の南極捕獲調査に同行以降、捕鯨問題の賛否両論に触れた結果として、確信的賛成論者になった。

 1993年5月に京都でIWCが開かれた際に、日本リサイクル運動市民の会が発行していた雑誌「くらしの木」がクジラ特集を組んだ。 私も原稿を依頼され書いた文のタイトルが「クジラを食べて地球を救おう!!」だった。

 アメリカがベトナム戦争でしようしている枯葉剤が環境破壊と生態系を破壊しているという批判が高まる背景で開かれた、1972年にストックホルム国連人間環境会議で、アメリカは突然商業捕鯨10年間停止(モラトリアム)の決議を提案し採択させてしまった。 それ以来「絶滅するクジラを救え」、「クジラを救えずに地球は救えるか」のスローガンはあらゆる環境保護運動のシンボルとなった。

 (同年のIWC年次会合ではモラトリアムの提案があったが、科学的根拠なしとして否決している。 IWCが1986年からのモラトリアムを決定したのは、ストックホルム会議の10年後の1982年である。 日本はこれに意義申し立てをしたが、1985年日米交渉の結果圧力に屈して異議申し立てを撤回し、1987年に南極海の商業捕鯨から一時撤退を受け入れ現在にいたっている。)

 この国連最初の環境会議の意義は地球規模での環境破壊に対する警鐘は非常に有意義なものであった。 同時に極端すぎる環境保護運動も多数発生した。 しかし20年後にあたる1992年に国連がリオ・デジャネイロで開いた環境開発会議、いわゆる地球サミット、ではかなり冷静さを取り戻し、21世紀に向けて地球の環境保護と資源の開発利用に対し、より現実的アプローチが出来るようになっていた。 人口爆発、食料と居住施設のための急速な開発、環境破壊、それによる地球温暖化などの悪循環を断ち切らなければ、地球そして人類の将来はないことは明白になってきた。 この地球サミットで採択された環境と開発に関するリオ宣言の第1原則は「人類は、持続可能な開発の中心にある。 人類は、自然と調和しつつ健康で生産的な生活を送る資格を有する」と謳っている。 これは、クジラを神聖視し、人類と同格に扱おうとする考えを、明らかに真っ向から否定している。

 IWC京都会合が開かれたのはその翌年の1993年である。 ミンククジラの包括的評価が終わって、南極海の76万頭以上、北西太平洋の2万5千頭を含んで、世界中の海には100万頭以上の豊かな資源の存在が確認されていた。 またかってないほどに堅固な資源開発管理方式といわれる改定管理方式(RMP)も完成されていた。

 私が,地動説をとなえたコペルニクス的に,「クジラを食べて地球を救おう」と書いたのも、「クジラを救って地球を守ろう」は環境保護論者のうちでも偏った連中の情緒のシンボルでしかないと思ったからだ。 私が「クジラを食べて地球を救おう」という題にこめた概念は、人間の頭数(あたまかず)を他の生物種が抑制できない以上、人類は他の動物や植物を食物として利用する食物連鎖の頂点に位置し続けざるを得ないと思うからだ。 人類が生存し続けるには、その生存空間である地球環境の破壊を食い止めながら、地球上の資源を持続的に利用しなければならないと思うからだ。 もちろん多種多数の生物との共存を望む。 しかし爆発的人口自然増加はそれを許さないだろうと思う。

 雑誌「くらしの木」に書いた部分を抜粋してみる。 「私は数の減った種類のクジラを食べようといっているのではない。 ミンクのように食物としてみて資源量が健全なクジラ類をいっている。 そして海洋食料資源の一つとしてとらえ、持続的利用が、地球にやさしい配慮になると思っている。」

 「私はすべての人にクジラを食べろといっているのではない。 すくなくとも海洋資源に食文化を発達させ、クジラを食肉として利用してきた民族が持続的にクジラを保存・利用していくことは、陸地利用の負担軽減から見ても、理にかなっていると思う。 海は地球表面の4分の3だ。」

 1999年10月12日ボスニア・ヘルツゴビナの首都サラエボで誕生した男児をアナン国連事務総長は世界人口の60億人目と認定した。 国連人口基金が出版した1999年版世界人口白書によれば、世界人口は毎年7800万人ずつ増加しており、1960年時点の人口からほぼ倍増している。

 白書は「1999年の60億から、2050年には73億から107億の間に達し、そのうち89億が最も可能性の高い数字である」と述べている。 将来的には、食料安全保障が重要な問題になり、89億もの人口を十分に養うとすれば、現在消費している基礎カロリーの約2倍が必要になると予想している。 科学者達は20世紀の終わりが近づくにつれ地球が支えられる人間の数と生活の質に環境面からみた限界はあるかとの疑問に考えをめぐらしており、その限界は大きな幅だが40億人から160億人の間と答えている、と書いている。

 さらに白書は、1950年以降、人口増加によって全世界の穀物生産地は半減、農地として使える未開拓の土地はほとんどなく、既存の農地は工業用地あるいは住宅地の開発によって失われ続けていると指摘している。

 「人口増加が続くと、漁業の衰退、森林面積の縮小、気温の上昇、動・植物の種の絶滅など、他の環境要素にも影響がでる。」

 「地球の温暖化は、燃料消費、土地利用の転換、食料と水供給の潜在的限度も含めて、人口関連問題と切り離せない要素である。」と白書は危惧している。

 このような状況で陸地利用の軽減を図るため、地球表面の4分の3を占める海洋の利用に目を向けるのは理にかなったことと思う。 そこに在る豊富なクジラ資源の持続的利用は地球にやさしい行為で、言ってみれば「地球を救う」ことだ。 ということは捕鯨産業は21世紀の未来的産業であり、エコ産業と言えるだろう。

 日本鯨類研究所の最近の研究によれば、クジラ類が1年間に世界で食べる餌、つまり魚介類やオキアミ(動物性プランクトンの一種)、は2.8から5億トンと推定され、これは、世界の海で人間が獲っている魚介類の総量約9000万トンの3〜6倍にあたる。 この研究成果を1999年の第51回IWC年次会合で、日本代表が説明し、漁業資源管理の実施に際しては、クジラ類による海洋生物資源の捕食を考慮にいれ、クジラ類の利用をも含めた海洋生態系全体を視野にいれた適切な管理を講じていくことの重要性を訴えた。 科学委員会・本委員会では、活発な議論を呼び、今後の優先検討課題として認められたと、報告されている。 ひらたく言えば、国連食料農業機関(FAO)が世界中での魚介類のオーバーフィッシングに懸念し、減船を強く求めているのだから、同じようにクジラ類を間引いて、海洋生物をバランスよく保存管理しつつ利用すべきだ、というのが日本の主張だ。 現時点ではIWCがおいそれとクジラ類の間引きに同意するとは考えられないが、将来捕鯨が海洋資源の保全に果たせる潜在的役割は小さくないと思う。


3.日本は孤立していない
 反捕鯨運動家達やアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド等のマスコミは日本とかノルウェー等をそのクジラ食文化、捕鯨事業、捕獲調査を非難し「世界の世論から孤立」している、と喧伝してきた。 そして一般的に日本のマスコミは「日本が世界の世論からみて孤立している」というテーマが特に大好きである。 しかし世界の主要な関連事項の動きを冷静に見れば、クジラ資源の有効かつ持続的利用がけっして世界の考え方から孤立していないことは明白だ。

 まず、国連地球サミットは約180カ国の首脳や代表が参加した大規模な国際会議で、21世紀に向けた人類の行動計画である「アジェンダ21−持続可能な開発のための人類の行動計画」を採択した。 この中の第15章では生物の多様性に関する条約を支援すると宣言している。 この条約は1992年に採択され現在168カ国が加盟するもので、「生物の多様性の保全及び持続可能な利用が食料、保健その他増加する世界の人口の必要を満たすために決定的に重要・・・」であると明示している。 そして生物の多様性とは陸上、海洋、その他の生息域に棲むすべての生物を意味すると断っている。

 アジェンダ21は第17章で特にクジラ類に関しては「適切な国際機関を通じて、その保全、管理及び調査に協力するものとする」とある。 適切な国際機関の英文原文では「the appropriate international organizations」と複数になっている。

 国連の海洋法部局の文書によると、UNCLOS(国連海洋法条約)ではクジラ類を含む海洋哺乳類を扱う「適切な国際機関」とはFAO、IWCとUNEP(国連環境計画)と説明されているので、アジェンダ21の場合も「適切な国際機関」とは以上の3機関と同じである。 UNEPは上記の生物の多様性に関する条約の作成を行った機関である、。

 次に、米国東部地域のインテリ層を中心に広く読まれている雑誌「アトランティック・マンスリー」が1999年5月号が掲載した米・加の三人の学者の共同論文「IWC条約を愚弄する輩」を見てみよう。 三人とは元IWC米国政府代表ウイリアム・アロン、米国ワシントン大学法学部名誉教授ウイリアム・バーク、カナダ・アルバータ大学人類学部教授ミルトン・フリーマンである。 彼らは、1982年の国連海洋法条約と1992年の国連環境開発会議(地球サミット)は、ともに、反捕鯨という国際合意が存在していないことを具体的に示したと述べている。

 論文によれば「ノルウェーや日本の捕鯨再開要求に対し、反捕鯨国は、世界の世論が捕鯨に反対していると主張する。 しかし、国際法秩序の中で、IWC条約を時代錯誤と決め付けるわけにはいかない。 最近の国連関係会議で反捕鯨陣営は少なくとも二度、捕鯨を否定する機会を持ちながらそれに失敗した。 1982年といえば、IWCが、モラトリアム決定を採決した年であるが、同じ年に119カ国が、国連海洋法条約に署名している。 この条約は、公海における捕鯨を認めており、各国は個別に自国民に対し、捕鯨を禁止することはできるが、いわれなき理由をもって、他国に禁止を強要することは出来ない。 第二の機会は、1992年の国連環境会議であるが、この会議も、前記国連海洋法条約の諸規定を再確認した。 反捕鯨国は、この会議でクジラ類を持続的利用の適用から除外することを提案したが、会議はこれを明示的に拒否したのである。」よって二つの国連の会議は、捕鯨反対という国際的合意が存在しないことを明示した、と彼らは結論づけている。

 FAOの支援で日本政府が1995年12月に京都で開催した「食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する国際会議」には95カ国が参加し、京都宣言及び行動計画を全会一致で採択した。 この宣言行動計画は増大する世界の人口と現在および将来の世代のために十分な食料を確保する必要から、あらゆる水生生物資源の管理と持続的利用に向かって努力しようと言っている。 また「管理目的に合致した方式で水生生物資源の利用についての各国、各地域の社会的、経済的及び文化的相違、とくに、食習慣における文化的多様性の尊重及び理解の増大をもとめる」と合意している。 ここで述べている水生生物資源とは「クジラを含む」とあえて明記しないまでも、クジラを含んでいると、日本の水産庁漁業交渉官小松正之氏は述べている。 これに対しアメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチンの4カ国だけが一応留保をつけたが、宣言および行動計画は彼ら4カ国を含む全会一致でコンセンサスを以って承認された。 日本は翌年1996年にスコットランドのアバディーンで開かれた第48回IWC年次会合に報告した。 アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、欧州連合を代表のアイルランド及びロシアはコメントを付けたが、IWC自体は同宣言を歓迎したのである。

 つぎに、CITES(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)、いわゆるワシントン条約、での最近の動きを見てみよう。 これは野生生物及びを野製品の国際取引を規制することにより、絶滅の恐れのある種を商業目的の乱獲から保護することを目的とした国際条約だ。 1975年に発効、現在145カ国が加盟している。 付属書では規制の度合いに応じて三段階に分類されている。 現在、IWCが管理対象とするクジラ類すべてが最も厳しいⅠの段階に分類されている。 段階Ⅱは「現在必ずしも絶滅の恐れはないが、取引を厳重に規制しなければ絶滅の恐れのある種となりうるもの」と規定している。

 1997年ジンバブエのハラレで開かれた第10回締約国会議で日本はミンククジラをⅠからⅡへ降格いわゆるダウンリスティングを行うよう提案し、参加国の半数近くの指示票を得た。 有効投票数の三分の二以上の賛成票が必要なため提案は否決されたが、かなりの支持国がいることを示し、日本が捕鯨問題で世界で孤立していないことを明示した。 その時の投票内容は北西太平洋ミンククジラに対して賛成45・反対65・棄権1、南極海ミンククジラ賛成53・反対59・無効1だった。 ノルウェーも北大西洋ミンククジラに対して同様の提案を行い賛成57・反対51・棄権6で半数の賛成を獲得した。

 日本は2000年4月にケニヤのナイロビで開かれる第11回ワシントン条約会議で再びこのミンククジラのダウンリスティングの投票を行うことを提案している。 日本は、IWC科学小委員会が南極海には76万頭、北西太平洋には2万5千頭の生息を、また科学的に資源状況が良好であることを確認していることを、提案の根拠にしている。

 日本はワシントン条約に加盟するさい、シロナガスクジラ以外のナガスクジラ類(ミンククジラを含む)に対して留保しているので、ダウンリスティングが無くても、国際取引をしても違法にはならない。 ノルウェーもミンククジラを含む幾つかのクジラ類に対して留保しているので国際取引をしても違法にはならないが、自国の政策として、クジラの皮などの製品の輸出を控えている。 私は1993年6月にノルウェーの捕鯨基地であるロフォーテンに行った際、漁業会社の社長にインタビューしたことがある。 彼の会社の冷凍倉庫にはミンククジラの脂皮が貯蔵してあるとのことだった。 ノルウェーでは肉は利用するが皮は利用しない。 私は、資源の持続的利用と有効利用に合致するならば、国際貿易はオープンであるべきだと思う。

 最後に、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアの反捕鯨4国で行われた捕鯨に関する世論調査を見ても、一般人の過半数はミンククジラの捕鯨つまり持続的利用を支持を示していることが分かる。 1997年10月にアメリカでレスポンシブ・マネージメント社が英語を話すアメリカ人698人に電話によるインタービューで、現行のクジラに関する国際条約、持続的利用の考え方、絶滅の危機に瀕していないクジラを含む動物の持続的利用に関する意見や知識の程度、態度及び文化的伝統、食用を目的とした捕鯨の態度について、調査した。

 その結果、クジラに関してはアメリカ人の73%は何も知らない、26%はある程度は知っている、2%は良く知っていると答えた。 特にミンククジラに関しては92%は何も知らないと答えた。 そこでミンククジラに関するいろいろな情報及び条件を与えた後で質問すると、71%の者がその捕鯨を支持し、18%が反対、10%は意見が無いか又分からないと答えた。 与えられた情報と条件とは:1)ミンクジラは絶滅に瀕しておらず、IWCはミンククジラの資源数は世界中で約100万頭と見積もっていること;2)捕獲されたミンククジラは食用として使用される;3)ミンククジラの捕獲はある国や人々にとっては文化の一部であり;4)ミンククジラの捕獲数はIWCによって管理される、すなわち、ミンククジラ資源数に悪影響がでないような条件下における捕鯨ということ。

 翌年1998年3月に同調査会社がイギリス、フランス、オーストラリアでほぼ同じ調査をした結果、イギリスでは61%、フランスでは63%、オーストラリアでは53%と過半数の国民がミンククジラの捕鯨を支持していることが判明した。

 以上列記した事実で明らかなように日本やノルウェー等の捕鯨を肯定する考えは世界の大勢から孤立するものではない。


4.IWCと反捕鯨
 第二次世界大戦後、クジラの乱獲の歴史の反省の上にたって「魚族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序ある発展を可能にする条約」、国際捕鯨取締条約、が締結され、その条約を管理運営するためにIWCが設立された。 以来現在まで半世紀を越えるが、条約の主旨である「鯨種の保存」と「捕鯨産業の秩序ある発展」に何ら変更は加えられていない。

 それにもかかわらず反捕鯨国が多数を占めるにいたったIWCは1982年に1986年からの全面的に商業捕鯨の一時停止、モラトリアム、を採択し、また1994年には南極海クジラ・サンクチュアリーを決定した。 資源が豊富といわれるクジラ資源も含め全面的に一網打尽に禁止した。 モラトリアム導入にあたってその時の主たる言い訳は、それまで商業捕鯨中に集められたデータベースに基づく管理方法に「不確実性」があるということだった。 科学小委員会は、その「不確実性」を取り除いた管理方式、いわゆる改定管理方式(RMP)、を1993年に完成した。 RMPは商業捕鯨再開の前提になる改定管理制度(RMS)の基本となる部分である。 そしてRMSのなかで唯一完成が遅れているのが取締措置である。 しかし本会議は取締措置の検討の遅延策を労し、RMSの完成に真剣に取り組むことを避けている。 これは現在のIWCの自己矛盾、あるいはダブル・スタンダードの露呈であり、それゆえ世界で一番おかしな国際機関と揶揄されている。

 私は1994年にIWCの第46回年次会合がメキシコのプエルト・バヤルタで開かれた際に取材に行った折、会議が終了した翌日5月29日に、マリオット・カーサ・マグナホテルで、反捕鯨派の教祖的存在である海洋生物学者シドニー・ホルト博士にインタビューしたことがある。 彼にRMP、野生生物の持続的利用の考え、捕鯨等について尋ねた。

 彼は「私はRMPに賛成しています。 それは私に言わせれば、IWCがかって試みたいろんな捕鯨の規制方法と比べ革命的変革を意味し、また同様にいままで行ってきたほとんどの漁業規制方法からの変革をも意味する。 これはコンピューター・シュミレーションに基づいて行われ、特定の判断基準を満たして算出し、私が思うにこれは良く機能し、総体的に見て、極めて保守的な方法だ」と言った。

 次に私がこの改定管理方式に基づき、感情論は抜きにして純粋に計算上の問題として、南極海に生息するミンククジラは毎年何頭位捕獲しても良いのか尋ねた。 彼は「南極海にいるミンククジラの頭数は50万から100万の間のどこかのレベルにあることは確かだ。 おおざっぱに言ってだ。 実際には誤差のプラス・マイナスを考慮して40万等から120万等の間のどこかにあることは確かだ。」「RMPの枠はどのくらいかといえば、約2000だ。 私は自分の意見を述べているのではない。 我々はRMPを手にした。 これはIWCの判断基準を満足させる良い方式で、ここから得られる頭数が約2000頭ということだ。」彼は76万頭以上という数字を使うことを拒否した。

 海産資源の持続的利用についてはホルト氏は、「原則論としては賛成だ。 しかしすべて野生生物を利用しなければならないということは私には受け入れられない。 持続的利用ということは、私にとって、もし野生生物が利用されなければならない場合は、持続的に利用すべきだ、ということだ。」

 「クジラを利用してよいかということは、科学的問題ではなく政治的問題なのだ。 クジラは皆のものだ。 だから世界が同意しなければならない。」

 「クジラの場合、第一にこれは皆に所属するものだ。 これを殺したいと思うものだけのものではない。 第二に国際海洋法では特にクジラは特別な動物とみられている。 海洋法では特別な条項で扱われている。 理由はなんであれ、法律でそう決められている。 これは世界の合意でそうなっている。」

 ホルト氏は「私はクジラは法的に見て特別だと言っている。 国際海洋法では、またリオ・デジャネイロのUNCEDレポート(アジェンダ21)でもクジラ類は独立した部分で扱われ、特別にあつかわれている。 魚類に関しては絶対捕獲禁止の規定が無い。 しかしクジラ類に関しては特別な規定が設けられている。 その規定は、もし諸々の国が、もしくはIWCがクジラ類の保護を望むならば、それは法的にかなっていると言っている。 これが私はがクジラは特別と言った根拠だ。」

 私は、彼の帰国間際のあわただしい1時間を割いてもらったのも議論をするためではなく彼の考えを聞くためだったので、ずっと聞き手でいた。 その時点で私は国際海洋法に疎く、そのなかでクジラがどのように扱われているのか知らなかった。 後に国際海洋法とアジェンダ21をよく読んでも、彼の言い分は理解に苦しむ。 たしかにクジラ類の保護と管理に関する部分は海洋資源の部分で特記されているが、クジラを利用してはいけないと言う世界の合意があるなどは、いかように読んでも、読み取れない。 国際海洋法もアジェンダ21もクジラの保護管理は適切な国際機関にゆだねるとしている。 以前にこの国際機関とはIWCでありFAOでありUNEPを指すと書いたが、IWCが捕鯨を専門に扱う機関であるから、他の二つの機関より直接的責任は重いと思う。 そこでIWCの国際捕鯨取締条約を再び読んでみれば、クジラ資源を保護するとともに、科学的知見をもって資源の持続的利用をせよと書いてある。 つまり資源量に問題ないクジラ類まで捕獲を禁止することは、この条約の違反と言わざるをえない。

 私がホルト氏の意見を紹介したのは、彼が反捕鯨勢力の中心的指導者の一人であり、彼の考え方が、多かれ少なかれ、反捕鯨派の考えを代表していると思うからだ。 そして彼の発言や論文が、環境保護団体やマスコミを通じて、世論をミスリードしていると思うからだ。

 ここでまた論文「IWC条約を愚弄する輩」を引用しよう。 モラトリアムの成立は「IWCを変質させた。 持続可能な捕鯨のみを存続させるという条約の基本原則は、この決議により、無視され、多数を占める反捕鯨国は以後、条約を全く無視するという異常事態をIWCに強いたからである。」そして捕鯨再開を可能にするための改定管理方式RMPが完成したにもかかわらず、その導入を遅らせている態度を「形ばかりの誠意をみせるというジェスチャー・ゲームの原因は、誰の目にも明らかな通り、IWC加盟国の大半が、条約の明文規定を無視し、何がなんでも、捕鯨の禁止を意図しているからである。 オーストラリア、イギリス、ニュージーランド、アメリカ、さらに最近ではオーストリアとイタリアが、いかなる条件の下においても、捕鯨は認めないと公言している。」「繰り返すが、IWCにおける反捕鯨国の立場は、明らかに、国際法上、違法行為である。」と糾弾している。


5.21世紀の捕鯨にむけて
 遅々としてではあるが確実に、捕鯨再開を望む日本にとって環境が有利に展開しそうな兆しが見えてきている。 そこで最後に、日本が21世紀の捕鯨に向けてどのような構想と努力をしているのか、財団法人日本鯨類研究所の大隅清治理事長に訊いた。

  • 質問:大隅理事長の新捕鯨構想とは具体的にはどういうものなのか。

  • 答え:10年前に一度作成したが、また新たに作り直している。 クジラ資源の考え方が以前の商業捕鯨時代の「クジラは誰のものでもない無主物」から「人類の共有財産」へと変わりつつある。 人類の共有財産を利用する以上、その利益は人類の福祉のために還元しなければならない、というのが私の構想の基本だ。 しかしこの考え方はまだ市民権を得るに至っていない。 2000年4月のCITES(ワシントン条約)の会議むけにパンフレットを8種類ほど作成しているが、そのうちの一つはニュー・サステイナブル・ホエーリングという題で作っている。 これには古い捕鯨と新しくあるべき捕鯨の違いを比べている。 新しい捕鯨ではRMPやRMSを導入することにより、かっての商業捕鯨の概念では律し切れないので商業捕鯨の復活という言葉は正しくない。 新捕鯨の創造と言うべきである。

  • 質問:日本はIWCにおいて賛成票を集めるためどのような努力をしていくのか。 2004年に南極海クジラ・サンクチュアリ導入後の10年目にあたり、IWCが見直すことになっているが、その対策は。 (技術的には日本はサンクチュアリ導入の際、ミンククジラに対しては異議申し立てをしているので、かりに捕鯨再開の許可があったとすれば、ミンククジラの捕鯨はサンクチュアリに影響されることはない。)

  • 答え:条約の付表の修正には四分の三の賛成票が必要である。 現在加盟国は40カ国で常に年次会に参加するのは約30カ国である。 そのうち確実にわが方の票は10であり、反捕鯨票は15から20だ。 強行な反捕鯨国はイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、オランダ位で後は、彼らの影響力が及んでいる国だ。 反捕鯨をひっくり返すには理論的な面でやっているが、一番の基本は票数であり、これですべてIWCの決定がなされる。 サンクチュアリを撤回させるにも、2004年の見直しの際に四分の三の賛成票を集めているかに掛かっている。 いまわが国はIWC加盟国に国連の分担金方式を導入させようとしている。 次のIWC年次会議で討議されることになっている。 現在は先進国も開発途上国も分担金があまり違わない。 国連方式が導入されると開発途上国の分担金は十分の一位に下がり、加入しやすくなる。 この前のCITESでは日本のダウンリスティングの提案に対して50票位の賛成票があり、その多くは発展途上国のものだった。 そういう発展途上国がIWCに加盟するようになれば、わが方に有利に展開することが期待できる。 2000年の年次会議で分担金の問題が成功すれば、2001年とか2004年までにどどっと入ってくる可能性がある。

  • 質問:2005年に現在日本が行っている南極海でのミンククジラ捕獲調査が終了する予定になっているが、その後はどうなるのか。

  • 答え:新捕鯨構想の下に、われわれは捕鯨が再開された後も、捕獲調査は続けることを考えている。 捕鯨と捕獲調査は平行してやらなければと考えている。 捕鯨が始まるとしても最初はミンクからだ。 他の鯨種たとえばミナミトックリ等はまったくの処女資源で50万頭位いると推定されている。 その他マッコウやいろいろな種類についても捕獲調査は必要だ。 2004年にモラトリアムが解除されたとして、ミンククジラの捕鯨から始まるが、調査捕鯨は別に行う。 調査にミンクも含めるか、ミンクを除いた鯨種にするかを検討中だ。

  • 質問:捕鯨と調査捕鯨を平行して行うことになると、船団とか人員が大変ですね。

  • 答え:昔の商業捕鯨時代の大船団を組むことではない。 小規模ならば、いろいろな船があり改造できるので問題はない。 問題は人だ。 簡単に育たないから一番ネックになる。 これからは人類共有の財産を利用するのだから、何も日本人だけでやることはない。 いろいろな国の人が参加して技術を習得していけばよい。 これも新構想のうちにはいっている。


6.おわりに
 この会誌が発行されるころ、2000年3月に東京でIWCの部会が開かれ日本が過去5年にわたって行ってきた北西太平洋のミンククジラの捕獲調査のアセスメントを行うことになっている。 日本は次の調査としてニタリクジラの捕獲調査も行うことを考えているそうだ。

 1998年12月に南極に向かう調査母船日新丸が火災事故を起こした際、急遽日本に回航して修理をし、再出航して、調査捕鯨をとどこおりなく遂行したことは、関係者の不退転の決意と情熱を世界に示したことになる。

 私は日本が新しい世紀に捕鯨を地球にやさしい事業として創造していくことを期待する。

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