(「勇魚」第 5号、1991より)
大西 睦子
開会初日、初めての国際会議出席のためか少々興奮気味。
それに着物が少し派手なのも気になる(実は20年前につくった緋縮緬に花の刺繍をした着物で出席した)。
会議はホスト国アイスランドの漁業大臣の挨拶で始まった。
民間オブザーバー(N・G・O)の席は、中央左側に50席ほど設けられており、私は真ん中後方に陣取る。
聞くところによると、N・G・Oはほとんどが環境保護団体、いわゆるグリンピースなど捕鯨反対の人達で捕鯨賛成のN・G・Oは私一人らしい。
彼等は書物を着た私を異様なものを見るように、何やらひそひそとけげんそうにこちらを見ては話をしている。
言葉の解らないのはこんな時便利なもので、私は彼等に向かって思いっきり愛想よく「やあやあ」と手を振る。
仕方なく会釈が帰って来た。
どうやら危害は加えないらしい。
会議は無線で同時通訳が聞けるので有難い。
日本の調査捕鯨の成果はさすがだと感心したり、沿岸小型捕鯨の人達の窮状もよくわかるとか云っている。
このままだと良い結果が出るかも知れないと思う。
会議はまじめに出席し、合い間をぬってぼちぼちパフォーマンスの準備だ。
アイスランドの捕鯨業者ロフトソン氏や米国ロビーストのマクナウ氏を紹介してもらい、鯨肉の手配やコックの手配、会場の設定などで大忙がし。
一方、会議の方は進むにつれて日本の立場は段々悪くなり、捕鯨再開という我々の期待を裏切る結果で終了した。
会議の終わった翌日、ホテルのレストランで外国の出席者を招待し、鯨料理のランチパーティーを開いた。
はたして何人くらい来てくれるかと心配していたが、予定の30人の席はすぐにいっぱいになり急きょ席をふやしてもらう。
途中うどんが足りないとかワインが出すぎるとかコックもウェイタ−も大わらわ。
大盛況のうちに3時間のパーティーは終った。
「おかみさんやったね、バンザイ!!」と叫んだのは取材に来ていたロンドン駐在の日本人記者達だった。
「イギリスで鯨料理なんか食べようものなら懲役もんですよ。
いやぁー胸がすっとしたな」と久しぶりの鯨ステーキをほおばりながら、一人がそう云った。
私はきれいに平らげられたテーブルを眺めながら、おいしい物は誰が食べてもおいしいんや、口で云うてもわからへん、やっぱりやってよかったと満足感で一杯だった。
帰り際、パーティーの成功に感激したロフトソン氏がアイスランド流の挨拶だと云って私の頬に「チュッ」とした時のひげの感触がとても心地よく、印象的であった。
これで板長に良いみやげ話が出来たと内心ほっとして、念願の氷河見物に出かけたのでした。
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鯨料理店・徳家経営
今年5月、アイスランドで開かれたlWC総会にオブザーバーとして初めて出席した。
出発の前日板長に、醤油とうどんとトロロ昆布を、出来るだけ軽い容器に入れといてと頼んだ。
「おかみさん、もしかしたら何かやりはんのでっか、それはあぶない、鯨料理店のオーナーや云うだけで危害うけるかわからんのに」。
「大丈夫、危ない思うたらやめるわ、心配せんとまかしとき」。
そんなやりとりの翌日、心配そうな板長の目を背中に感じながら、例の品とありったけのへそくりをバッグに放り込み着物と帯がぎっしり詰まった重いトランクを押して店を後にした。