鯨類資源調査における致死的方法の適用の必要性

(日本鯨類研究所 1995 年発行「捕鯨と科学」より)

大隅 清治
日本鯨類研究所 専務理事



はじめに

 動物は家畜と野生動物とに大別され、野生動物は、家畜のように日常の生活を 人間によって束縛されることなしに、自然環境の中で自由に生活している。 そして、鯨類も野生動物の一部として見なされるのが一般である。

 野生動物の生物学的調査には、対象動物を殺して調べる‘致死的方法’と、 それを殺さないで調べる‘非致死的方法’とがある。 それらの方法はともに、生きている個体、または個体群を調査の対象とする 積極的調査方法であるのに対して、受動的調査方法として、自然に死んだり、 事故に会って死んだ個体を材料とする死体調査と、動物の鳴音や排泄物や足跡を 調べることによって生物学的情報を得る調査の方法がある。 死体調査も一種の致死的調査であり、鳴音調査、足跡調査、排泄物調査等は 非致死的調査の一部といえる。

 鯨類に対しては、近代捕鯨が盛んになった 1920 年代から最近まで、主として 捕鯨業に伴う致死的方法によって生物学的調査と研究がなされてきた。 しかしながら、近年多くの鯨類資源の消費的利用形態である捕鯨が制限または 禁止され、それと同時に、海洋科学技術が大きく進歩したのに伴って、 非致死的調査方法の導入の必要性と可能性が非捕鯨国を中心として強まり、そして、 その手法の開発と実用例が、急速にしかも広く発展し、増加している。 また、反捕鯨勢力は捕鯨の容認につながる致死的調査を非難、攻撃し、 非致死的調査を専ら奨励している。  しかし、非致死的調査だけでは研究は済まされず、致死的調査でなければ得られない 調査項目も多くあるのである。

 この論文では、鯨類の生態・資源調査研究において、鯨類の持つ生物学的特性を 利用してこれまで行われてきた、致死的調査と非致死的調査の、2つの手法に ついて、その歴史的経緯を振り返り、これらの手法の利点と欠点とを比較し、 鯨類資源調査における致死的方法の適用の必要性を検証し、今後の鯨類資源調査の 在り方について考究したい。


鯨類の生物学的特性

 Ohsumi(1992)は致死的調査法と非致死的調査法に関連して、鯨類の5つの 生物学的特性を挙げている。その特徴の第 1 は、鯨類が完全水生の哺乳動物である ことである。 水族舘で飼育されている鯨種の多くは、シャチでさえも、適切な訓練によって プールの陸部分に乗り上がるようになる。 しかし、野生状態においては、岸の上にいたり、追われて陸に飛び上がったりする 餌生物を補食する目的以外には、鯨類は陸に上がることはない。 例えば、シャチは海岸近くに上陸しているオタリアを陸上にのし上がってまで 攻撃する。 バンドウイルカは追い詰められて岸に跳び上がるサカナを捉える。 鯨類はまた、ゴンドウクジラのように生きて集団で岸に座礁することがあり、 死んで岸に漂着することもある。 しかし、いずれも希な例であり、正常な行動とはいえない。 鯨類が完全水生である性質は、陸上動物で実施されているような非致死的な 行動観察を困難にする。 例えば、水面に体の一部しか出さないので、外部形態による個体識別を困難にする。 鯨類の糞は水中に排泄し、しかも液状であるので、水中に拡散し、採集が困難 である。 これは非致死的に食性調査をすることを困難にさせる。 また、鯨類は当然ながら水中に足跡を残さないので、陸上動物でなされているような 足跡調査はできない。

 鯨類は完全水生である故に、積極的、組織的調査には船舶や航空機を必要とする。 鯨類の中には、コククジラのように岸に接近して移動して生活する種類も数少ないが あり、時には一部の個体が岸に接近することもある。 それらの場合には陸上からの非致死的調査が可能であるが、それは例外的であると いえよう。 陸上の野生動物を対象とする場合には、研究者が単独でも、そして、歩いてでも 調査が可能であるので、経費は少なくて済むことが多い。 しかし、鯨類の場合には、調査船や航空機を必要とし、その運行はそれに関わる 多額の経費と、乗組員等の多くの人々の協力なしには成立しない。

 鯨類の第 2 の生態的特性は、生活圏が広大であることである。 鯨類の多くは長距離の海域間を回遊し、哺乳類の中で最も生活圏が大きい。 この性質は上の性質や、次に示す第 3 の性質とともに、致死的、非致死的のいずれの 方法を用いる場合においても、鯨類の調査の費用を高価にし、調査の完了に長期間を 要し、そして調査活動そのものを困難にしている。

 鯨類の第 3 の生態学的特性は、水中で立体的に生活し、その上に、行動が 敏捷であり、遊泳速度が速いことである。 マッコウクジラは水深 3,000mもの深海にまで潜水する。 シャチは 35 ノット以上の速度で遊泳する。 これらの性質は致死的調査、非致死的調査ともに、捕鯨船のように高速で走り、 小回りの利く調査船を必要とする。 また、第 3 の特性は、第 2 の特性とともに、非致死的調査の場合に、各種の テレメトリー技術の開発を促進させる。

 第 4 の生態学的特徴は、鯨類は哺乳類である故に、空気呼吸をするために、必ず 水面に浮上する性質である。 これは致死的調査、非致死的調査のどちらにも好都合である。 鯨類が水面に浮上する際に、捕獲も、観察もできるからである。

 鯨類の第 5 の性質は、性成熟年齢が大きく、性周期が永く、寿命が永いことで ある。 例えば、マッコウクジラでは雌の性成熟年齢は 9 年、雄の社会的成熟年齢は 25 才、 性周期は 4 〜 5年、最長寿命は 70 年とされている。 この性質は非致死的方法では永い調査期間を要することを意味する。 その逆に、致死的調査法は、短期間で結果が出せるので、そのような性質を持つ 動物に対しての、緊急を要する研究には有利である。

 鯨類は一般に大型である。例えばシロナガスクジラでは体重 190 tonの測定記録が ある。 この性質は、致死的方法による調査は科学者独自では不可能であり、捕鯨者との 共同による調査が必須であることを意味する。

 鯨類の持つ以上の形態学的、生態学的、そして生理学的特性を理解し、研究の 目的と社会的緊急性について考慮することが、調査に際して、致死的、あるいは 非致死的方法の活用を考える上に必要であり、それによってこそ両者の選択と応用と 組合せとを効率的に実行することができる。


鯨類生態調査における致死的方法と非致死的方法の歴史的経緯

 1910年代の終わりまでは鯨類に関する科学的知識は、主として博物館で古くに 収集した標本や、希に海岸に漂着する死体と、船乗りによる偶然の行動観察に 依存していた。 近代科学の発達していなかった古い時代の捕鯨からは、あまり多くの科学知識の 蓄積の貢献は得られなかった。

 鯨類の生態に関する近代的調査研究は、南極海における近代捕鯨が飛躍的に 発展した 1920年代に、当時の主要捕鯨国であった英国とノルウェイにおいて 開始された。 英国はディスカバリー委員会を 1924年に発足させて、南極海の海洋調査を組織的に 開始し(Mackintosh,1950)、その中で鯨類資源研究が大きな部分を占めた。 また、世界最大の捕鯨国であったノルウェイも、政府、捕鯨業界、大学が、互いに 強い連携をもって、鯨類資源の調査研究を開始した(Ruud,1953)。

 これらの調査は全て捕鯨操業に伴うものであり、漁獲努力量統計と漁獲物統計から なる捕鯨統計と、捕獲した個々の鯨類について調査する生物学的調査とが 実行された。 これらはともに、致死的調査の典型であり、鯨類の資源調査法の基本として、その後 引続き行われてきた。 ノルウェイは捕鯨統計の整備に力を注ぎ、英国は捕獲鯨体の生物学的調査に力点を 注いだ。

 この時代に、致死的調査法である標識鈷を用いる体内標識法について英国と ノルウェイが共同で研究を開始し、1933年には英国でそれが実用化された。 ちなみに、日本の捕鯨船船長砲手の天野太輔氏は 1910年にすでに日本近海で 体内標識法を試み、成功したが、個人的研究であったので、日本ではその後 第 2 次世界大戦の終結までこの技術は組織的に発展しなかった。

 捕鯨統計資料の蓄積は1929年にノルウェイにおける国際捕鯨統計局の設立に 結実し、鯨類資源研究の基礎を与えた。 さらに、英国の捕獲鯨体の生物学的調査による解析結果は、1930年代の一連の 国際捕鯨条約ないし国際捕鯨協定の締約に当たって、捕獲制限体長の設定等の、 捕鯨管理のための条文の記述の基礎を提供するのに貢献した。

 1930年代には、鯨類の環境としての海洋の調査が組織的に開始されたが、 それ以外の非致死的方法が鯨類生態調査に既に導入された。 それが目視調査である。 英国は海洋調査船ディスカバリー二世号が 6年間にわたり南極海で鯨類の目視調査を 実施した。 これが鯨類に対する組織的目視調査の最初である。 目視調査は捕鯨操業と関連して、あるいは独立に実施され、広い範囲の永い季節の 鯨類の分布、季節移動、及び資源量が把握される。

 1930年代にはまた、大型水族舘における鯨類の飼育が米国で開始され、鯨類の 行動観察法の基礎が築かれた。 水族館での鯨類の行動観察それ自体は非致死的方法であるが、水族館に鯨類を 搬入するには捕獲を伴うし、閉鎖環境に閉じ込めて鯨類の自由な行動を束縛する。 生きたまま捕獲するのも非致死的ではあるが、この分類には議論が別れるであろう。 また、極く最近では、生きた個体を捕獲し、必要な測定と採集を行った後に、 その個体を解放する調査方法が一部で行われている。 この方法は一時的にも動物の自由を束縛する事になり、大型鯨類にはこの方法は 適用できない。 1940年代は第 2 次世界大戦の前後の時代であり、戦争は世界の捕鯨に大きな打撃を 与え、それに伴って鯨類資源研究も沈滞した。 しかし、戦争中に鯨類の鳴音のような軍事に関係した鯨類の生理、生態研究が 開始された。この種の調査は音響生体実験の他は、非致死的方法による。

 第 2 次大戦が終結すると、直ちに世界の捕鯨は復興し、新しい、そして現行の 国際捕鯨取締条約が 1946年に締結され、それに基づいて 1948年に国際捕鯨委員会 (IWC)が発足した。 主要捕鯨国は鯨類資源調査を再開し、日本では 1947年に鯨類研究所が設立されて、 資源調査研究が活発に開始された(Okuda,1954)。 1950年代になると、捕鯨は戦前にも増して盛んとなり、それに伴って主要鯨類資源の 悪化が顕在化し、科学的な資源管理のための鯨類資源調査の強化の必要性が 認識されるようになり、致死的調査の典型である年齢形質の採集とそれによる 年齢査定法の研究が飛躍的に発展した(Ohsumi,1967)。 この時代に探求され、最良とされる年齢形質はヒゲクジラ類に対しては耳垢栓で あり、ハクジラ類に対しては歯であり、それらの形質は、一部の鯨種の歯を 除いては、致死的方法によらなければ採集できない。

 1960年代までには鯨類の年齢査定法が確立され、それまでに蓄積した生物調査資料 とともに、IWCによる主要鯨類資源の資源解析作業に貢献し、それによりIWCは 鯨類資源管理を強化した。 捕獲割当量の減少の結果、採油だけを目的とする欧米の捕鯨産業は採算が合わなく なって、次々に捕鯨から撤退した。 それらの国では、この時代に勃興した自然保護運動とも連動して、反捕鯨運動が 活発に展開されるようになり、それに伴って、捕鯨に頼らない非致死的な 鯨類調査法の進歩が模索されるようになった。 さらにこの時代には、がノフォルニア系のコククジラの資源回復が顕在化し、 カリフォルニア沿岸でこの鯨種を対象にしてホエールウォッチングが勃興し、これが 鯨類の野外での観察手法の発達のきっかけを作った。 日本は 1960年代半ばから目視調査を組織化を図り(Ohsumi and Yamamura,1982)、 調査を具体的に推進したが、非致死的方法である目視調査による日本の一連の 研究報告は、この時代には IWC の科学小委員会(SC)によって無視された。

 1970年代に入ると、自然・環境保護運動は世界的に拡大し、1972年には国連・ 人間環境会議が開催された。 商業捕鯨の10年間のモラトリアムがここで決議されると、反捕鯨勢力は SC に彼らの 息の掛かった科学者を次々に送り込み、捕鯨の容認につながると見なされるあらゆる 致死的方法の適用とそれによる解析結果に対して、激しい攻撃を開始した。 非捕鯨国のそれまでの科学者はその国の代表団を占拠した反捕鯨勢力によって 路み絵を踏まされ、良心的科学者の多くは SC の場から去って行った。 その後 SC においては、捕鯨を潰すために次々に送り込まれた科学者と致死的方法の 必要性を主張する科学者との間で、永く、熾烈な理論闘争が展開された。 両陣営の対立を解消するために、1978年から IWCは、国際鯨類調査 10 年計画 (IDCR)の旗の下で、南極海において国際共同による鯨類目視調査を開始した。 反捕鯨科学者はそれまで日本が実行してきたが故に、あえて無視してきた 目視調査が、非致死的方法であるので、これをようやく承認し、それ以後この方法が 実施面でも、理論的にも、急速に発展した。

 非致死的調査の典型である個体識別による鯨類の野外観察は、1960年代から セミクジラを対象にして試みられたが、1970年代に入って大型及び小型の多くの 鯨種で普及するようになった(Anon., 1990)。 野生の鯨類に対して電波発信機が取り付けられたのは1960年代であった (Schevill and Watkins,1966)が、1970年代には鯨類のバイオテレメトリーの 技術開発も進展した。

 反捕鯨勢力の加盟国数増加作戦が奏功し、1982年に IWCは商第捕鯨のモラトリアム をついに決議し、致死的方法は IWCが許可している原住民・生存捕鯨の対象種か、 IWCの管理対象外の鯨類に対してしか適用されないことになった。 これに対して、日本、アイスランド、ノルウェイ、韓国は、捕鯨のモラトリアムは 鯨類資源研究の進歩を阻むとして、国際捕鯨取締条約で規定されている条約第8条を 適用することにより、科学目的のための鯨類の捕獲調査を 1987年以後も続けてきた。 しかし、IWCの中で優勢な反捕鯨勢力は、この第8条適用調査にも種々の制限条件の 設定を決議して、この種の調査の実施を困難にさせてきた。 一方、非致死的調査法のひとつであるバイオプシー採集技術も、1980年代に DNA 技術の進歩にともなって急速に進歩してきた。 しかし、その技術は完成までには至っていない。

 1990年代に入って冷戦が終結すると、軍事技術の平和利用がなされるようになり、 それまで対潜水艦用に開発されてきた音響兵器が鯨類の生態研究に応用されている (Clark,1994)。 これも非致死的調査法である。

 このように、鯨類の生態調査法は時代の変化と技術の進歩によって、致死的方法と 非致死的方法とが次第に発展してきたが、反捕鯨勢力が支配する国では、研究の 一方の有効な手段である致死的調査方法は抑えられ、専ら非致死的方法によらざるを 得ない実状にある。 一方、捕鯨国では致死的方法による調査が依然として可能であり、それによって 資源研究が進展している。


鯨類資源調査における致死的、非致死的調査

 鯨類の生態調査としては、捕鯨操業に伴う資源調査、条約第8条に基づく 特別捕獲調査、他の漁業による鯨類の混獲に関する調査、海洋汚染関連調査、 純粋科学調査等の種々の型の調査がある。 ここでは鯨類の資源調査における致死的、非致死的の両手法の具体的内容について 紹介する。

1 致死的調査

1.1 捕鯨統計
  捕鯨統計は捕鯨操業に伴って得られる資料であり、漁獲努力量統計と 漁獲物統計とに別れる。

1.1.1 漁獲努力量統計:捕鯨船が漁場に到着すると、先ず鯨群の発見に努める。 鯨を発見するとその場に急航し、目標とする個体を追い詰める。 捕鯨船が捕鯨砲の射程距離まで接近すると、発砲し、捕獲する。 調査項目としては、操業捕鯨船団数、操業捕鯨船隻数、操業日数、 操業時間、探鯨時間等がある。

1.1.2 漁獲物統計:捕獲した鯨類の海域別、月別、種類別、性別捕獲頭数、 生産量等。

1.1.3 漁獲統計の利用:漁獲統計は捕鯨産業の基礎的資料として重要である ばかりでなく、漁獲努力量統計と漁獲量統計とを組み合わせて、資源密度指数を 求めるのに利用されたり、生物学的調査資料と組み合わせて、種々の資源解析が なされる。

1.2 捕獲個体の生物学的調査
  捕獲した個々の個体について生物学的調査がなされる。 その内容としては、捕獲日付及び捕獲位置の記録、鯨種の判定、性の判別、体長の 測定、形態調査、各部長の測定、体重及び各部重量の測定、年齢形質の採集、 成熟状態及び性状態の判定、胎児の数、性の判別及び体長の測定、胃内容物の 調査と採集、体各部組織標本の採集、内・外部寄生生物の記録と採集、 骨格の調査と採集、等がある。 これらの資料と標本はごく一部を除いて、致死的調査でなしには得られない。

1.3 標識調査
  標識調査は対象動物によって方法が異なるが、鯨類の場合には、標識銛を鯨の 体内に射入し、これを鯨の捕獲時に回収し、標識時の記録(日付け、位置、種類、 推定体長、群構成数、等)と再捕鯨の上記生物学的調査資料・標本とから、各鯨種の 分布、移動、回遊、成長、年齢、死亡、資源量等の生態情報を得る手段である。 これは優れた生態調査法であり、多くの研究実績を挙げたが、鯨の捕獲を伴う調査法 であるので、反捕鯨科学者の攻撃を受け、1980年代からこの調査法は実施されなく なっている。

2 非致死的調査
 鯨類の生態調査には古くから多くの非致死的調査法が適用されているが、 捕鯨資源管理に関連する非致死的調査には、次の方法がある。

2.1 目視調査:鯨類が水面に出て空気呼吸する性質を利用して、鯨種判別、 分布範囲、分布密度、資源量、群れの構成、潜水等の行動等を観察する調査である。

2.2 環境調査:海洋調査によって、鯨の物理、化学、生物環境を調査する。

2.3 音響調査:鯨の発する鳴音を調べて、鯨の分布密度、資源量、移動等を調べる。

2.4 バイオプシー調査:矢状の採集具を用いて鯨の組織片を採集し、DNA、染色体、 ホルモン等の分析に利用される。 皮膚から脱落する表皮を採集することもある。

2.5 バイオテレメトリー調査:鯨体に電波発信機や各種の測定記録装置を装着し、 鯨の移動、潜水行動、脈拍等の生理状態、水温等の環境の情報を連続して測定し、 記録する。

2.6 個体識別調査:形態の特徴等により鯨の個体を識別し、資源量、移動、成長、 繁殖、死亡率、群れ構成等の情報を得る。

2.7 生体捕獲調査:麻酔によって鯨の行動を止めるか、生きた個体を網等で 捕獲して鯨の行動を束縛し、体長、性別、体重、体温等を測定したり、血液、 皮膚等のバイオプシーを採集したり、超音波機械で体内の状態を透視したりして、 種々の情報を得たり、ピンガー等の機器を装着したりした後に、鯨を解放する。

2.8 飼育調査:生さた鯨を捕らえて飼育し、観察して基礎資料を得る。 しかし、この方法はまだ大型鯨類の飼育技術が進んでおらず、そのために大部分の 捕鯨対象鯨種には適用され得ないでいる。


鯨類調査における致死的調査の必要性

 致死的調査にも非致死的調査にも、それぞれの特徴があり、それぞれの得失が ある。 調査に際して考慮すべきいくつかの項目について、両手法の特徴を比較すると、 表 1 のようになろう。 また、調査目的を達成するための手投としての両手法の優劣を表 2 に示す。



表 1 調査に際しての致死的調査と非致死的調査の比較

項目 致死的調査 非致死的調査
対象生物 殺さねばならない 殺さずに済む
資源の大きさ 希少資源には不適切 小さい資源に適当
対象鯨の行動 遊泳速度が速くても可 遊泳速度が遅いのが適当
資料 大量に得られる 少数しか得られない
標本 体内部から得られる 体外部しか得られない
調査の場 悪条件の場でも可能 好条件の場でしか不能
調査時間 充分に時間を掛けられる 短時間で調査しかできない
調査期間 短期間で結果が得られる 長期間にわたる調査が必要
連続性 個体の 1 断面しか分からない 個体を連続して観察できる
調査経費 小額で済む 多額の経費を要する
資源の利用 利用できる 利用できない



表 2 調査目的に対する致死的及び非致死的方法の優劣

調査目的 致死的調査 非致死的調査
体長、各部長 形態測定・有利 写真撮影、目測・不利
体重、各部重 解剖測定・有利 生態捕獲・不利
生化学組成 組織標本採取・有利 不可能
年齢 年齢形質の採集・有利 外部形態の観察・不利
成長 体長測定、年齢査定・有利 個体識別による長期観察・不利
成熟 生殖腺の調査・有利 外部生殖器の観察・不利
受精 生殖腺、生殖器の調査・有利 交尾行動の観察・不利
交尾期 胎児の成長・有利 繁殖場への来遊の観察・不利
妊娠 胎児の確認・有利 血液採取によるホルモンの分析・不利
哺乳 母親の乳腺、子の胃内容物・有利 親子の行動観察・有利
繁殖周期 妊娠率等・不利 個体識別による長期観察・有利
食性 胃内容物の調査・有利 捕食行動の観察、糞の採集・不利
追跡 体内標識・不利 個体識別、電波標識・有利
汚染 臓器、年齢形質の採取・有利 バイオプシーの採取・不利
系統群 組織標本の採取等・有利 バイオプシーの採取、電波標識、個体識別・不利


 年齢は野生動物の生態研究には必須の知識である。 ところで、非致死的方法による年齢の調査研究は個体識別を基本とする。 鯨類の体長や、体色、傷痕などの外部から見える形質は個体変異が大きく、年齢を 表示しないので、外部の観察で年齢査定はできない。 鯨類は長寿命動物であり、中には最長寿命が 100才を越える鯨種もいる (Ohsumi,1979)。 もしも非致死的方法で、例えば、鯨類の最長寿命を調べるとしようとすると、 識別した同一個体を 100年間も連続して追い続けて調査しなければならないことに なる。 しかし、致死的調査では短時間でそれが可能である。 何故ならば、ほとんどの鯨類の年齢査定法は確立し、ハクジラ類では歯、 ヒゲクジラ類では耳垢栓が最良の年齢形質であることが判明している。 適切な数の個体を捕獲して年齢形質を採取し、年齢査定して、解析すれば、 最寿命についての知見は容易に得られる。 非致死的方法で年齢形質を採集することも一部でなされてはいるが、小型で、生きて 捕獲しやすく、多くの数の歯を持っている種類に限られる。 ヒゲクジラ類は大型で、生かして捕獲することは難しく、しかも耳垢栓は捕獲して 頭部を解剖しなければ採集できない。 つまり、致死的方法でなしには年齢査定はできない。

 年齢を基礎にしてはじめて得られる生物学的特性値は数多くある。 性成熟年齢、社会成熟年齢、加入年齢、自然死亡率、加入率などがそれである。 また、最近 IWCで大きく取り上げられている、海洋環境の変化が鯨類資源に与える 影響の調査の一環としての海洋汚染の鯨類資源に与える影響を調査するにも 年齢情報が基礎となる。 何故ならば、体内に蓄積する汚染物質は年齢とともに増加するので、年齢情報 なしには、汚染の研究は進まないのである。

 その上に、汚染物質は肝臓、腎臓等の臓器に蓄積される。 したがって、汚染の研究には臓器の採集が必要であるが、臓器は致死的方法で なければ得られない。 汚染物質の蓄積は、物質によって蓄積する組織を異にする。 それ故に、非致死的方法としての、皮膚のバイオプシーサンプリングだけでは 研究が進展しないのである。 また、系統群構造の解明に、最近では DNA の解析が盛んに行われているが、DNAの 分析には肝臓と筋肉が有効であり、それらの組織はバイオプシーでは採集が できない。

 現在日本は南極海と北太平洋で、国際捕鯨条約第8条の下で、鯨類の捕獲調査を 実施している。 南極海での調査は、ミンククジラの資源管理に必要な生物学的特性値の推定と、 南極海生態系の中で鯨類の果たす役割の実証を目的にしてなされている。 この調査の目的を達成するには致死調査でなければ不可能である。 そこで、この調査は非致死的調査と致死的調査とを有機的に組み合わせて、 できるだけ少ない標本で所期の目的を達成するべく調査が設計されている。 広範囲の調査海域で、組織的に調査が計画され、非致死的調査としては目視調査が なされ、致死的調査によってランダムに採集した鯨体についてきわめて多くの項目に 渡る精密な測定と標本採集が行われて、有効に標本を活用している。 この調査は 16年に及ぶ長期的計画の下で実行されており、系統群の分布や、年齢に よる住み分けなど、すでに多くの新知見が得られている。 しかも、致死的調査の特徴として、調査終了後の副産物は条約 8条の規定に従って 有効利用され、その販売代金が膨大な経費を要するこの調査の一部を支えている。 このような処置は非致死的調査では不可能である。

 日本が大きく貢献しているIWC/IDCR調査が進展するにつれて、アカボウクジラ科 鯨類、特にミナミトックリクジラの資源量が数十万頭もおり、ミンククジラと 並んで、南極海生態系に果たす役割が極めて大きいことが理解されるように なってきた。 しかるに、この鯨類はこれまで利用されてこなかったために、その生物学的知識は 未だに極めて乏しい状態にある。 このことは、捕鯨操業に伴う致死的調査が鯨類生物学の発展に大きく貢献した ことと、利用されないでいる鯨類については知識が未だに貧弱であることを端的に 表現している。 さらに、この鯨類はハクジラ類に属し、食物段階がミンククジラよりも高い。 この性質は、この鯨類が南極海の汚染のよい指標となることを示している。 我々は早くこの鯨類の致死的調査を開始して、生物学的基礎知識を高めるとともに、 南極海の環境変化の指標としての活用を計るべきである。

 また、1994年から開始された北太平洋におけるミンククジラの捕獲調査の目的は、 この鯨種の系統群の構造の解明にある。 これは北太平洋産ミンククジラ資源への改訂管理方式(RMP)の適応に際しての 管理海区の設定に関連する IWC/SC の想定した系統群シナリオの正当性についての 検証を知るための緊急な調査である。 そこで、調査は系統群及び亜系統群の判別とその分布の解明にある。 そして、系統群の調査には致死的調査の適用が必要であり、そこで条約第8条の 適用調査がなされることになった。 系統群の分離には、DNA、アイソザイム等の遺伝学的手法が第 1になされなければ ならず、それには筋肉や肝臓組織の採取が必要であり、致死的方法でなければ、 それらの組織は採集できない。 北太平洋産ミンククジラでは系統群によって繁殖期が相違することがすでに知られて いるので、胎児の成長を調べることが大切であり、それには捕獲して胎児の体長を 測定しなければならない。 さらに、食性、汚染物質の蓄積の比較、寄生生物による系統群の分離の方法があり、 形態測定も大事である。 それらには全て致死的調査を必要とする。 一方、非致死的方法である、ミンククジラ用の電波標識技術は応用の段階に至って いないし、バイオプシーの採集も試みてはいるが、充分に技術が高まっていない。 緊急性を要するこの調査には致死的調査が不可欠なのである。

 絶滅の危険があるか、希少な鯨種と個体群に対しては、全て非致死的調査に よらざるを得ないけれども、資源の状態が健全で、資源量の多い個体群については、 短期間に結果が得られる致死的方法の特徴を活かして、非致死的方法と有機的に 組み合わせることによって、鯨類の生物学的研究を急速に発展させることが 大切であると考える。


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