(日本鯨類研究所 1995 年発行「捕鯨と科学」より)
山村 和夫
日本沿岸のミンククジラの捕獲は、大型捕鯨船の他に 7トンの小さな船が使用されて
いましたが、その後は 10 数トンの船が主として活動しました。
1949年からは法的にも 49トン未満の船に限定されております。
これらの船はミンククジラの他にゴンドウやツチクジラも捕獲しました。
船が小さいことから操業は日帰りで、活動範囲は基地周辺に限定されておりました。
こうしたことからこの捕鯨は小型捕鯨と分類され、1949年から農林水産大臣による
許可漁業とされて政府が管理するようになりました。
捕鯨中断前のミンククジラ捕鯨は、三陸沖合と北海道周辺海域で、9隻の小型捕鯨船に
よってなされていました。
日本周辺海域に来遊するミンククジラには、黄海 − 東シナ海 − 日本海に分布する
群れと、三陸 − オホーツク海に分布する群れの 2 つの系統群があると考えられて
きました。
前者の群は、少なくとも春季においてオホーツク海にも来遊していることが判かって
おります。
これら系統群の資源量は各々 7,000頭、25,000頭と推定されております。
ここで言う系統群とは、繁殖海域を同一にしているグループを指し、通常他のグループ
とは混血しない独立繁殖集団のことです。
1993年春に京都で開催された第 45 回 IWC 科学委員会の直前に開催された
「北太平洋ミンククジラの改訂管理方式(RMP)適用のための作業部会」において、
上記 2つの系統群に各々いくつかの亜系群が存在し、それに加えて更に、
北太平洋中央部の中・低緯度海域を繁殖域とする太平洋系統群があって、これが今まで
三陸 − オホーツク海系統群が分布すると考えていた東経 170度以西の海域に分布する
との仮説が立てられました。
RMPは、モラトリアムが解除された後に、適切な捕獲割当量を算出する方式で IWC
科学委員会が数年間かけて開発したものです。
この方式は情報が不足している場合に、管理海域を厳しく細分化して安全性を重要視
することにしております。
さて全ての漁業管理に共通することですが、漁獲割当量に最も大きな影響を与えるの
はその資源量です。
RMP の下では単位小海区毎の資源量が必要になることは言うまでもありません。
ところで、先ほど三陸 − オホーツク海系統群の資源量が 25,000頭と述べましたが、
この数値は東経 170 度以西の太平洋とオホーツク海に分布しているミンククジラの
総資源量です。
従って、もし太平洋系統群というものがあって、かつそのグループが東経 170 度以西の
海域にも分布しているとの仮説が正しいとすると、この系統群と三陸 − オホーツク海
系統群の東経 170 度以西の混合率が判らないと後者の系統群の資源推定は正しく行う
ことができなくなります。
三陸 − オホーツク海系統群の資源量が推定できないと、RMPでの捕獲割当量の算出も
困難になってしまいます。
三陸 − オホーツク海系統群が更に細かい亜系群に分離されるとなると、その混乱は
更に増大してしまいます。
1994年更に始めた北太平洋ミンククジラ捕獲調査は、モラトリアムが解除された後に
日本沿岸で捕獲されるミンククジラの割当量を RMPで正しく算出するための基礎知識を
準備する目的で計画されたものです。
その最大の目標は、IWC 科学委員会が設定したミンククジラ系統群の分布についての
シナリオの誤りを正し、三陸 − オホーツク海系統群の正しい分布範囲を知り、且つ
この系統群内の亜系群の存在の否定にあります。
そのためには太平洋西側に分布するミンククジラの系統群を明確に区別することが
課題になっていることは言うまでもありません。
系統群の区分は、鯨体内の筋肉や肝臓に含まれる DNA や酵素の分析、胎児の成長に
よる繁殖周期の推定、並びにプロポーション測定などによる形態学的比較等の
直接手法の他に、寄生虫の観察、並びに鯨体内に含まれる PCB、DDT、重金属などの
汚染物質の分析によって分布海域を推定する間接手法を用いて、総合的に判定される
ことになります。
これらの情報の内、最も有効とされているのが DNA分析による比較検討です。
調査初年度になる 1994年調査は、太平洋系統群だけが分布していると指摘された
東経 157 度から東経 170 度の海域で、ミンククジラのランダムサンプリングを行い、
採集したミンククジラに三陸 − オホーツク海系統群と異なる系統群に属するものが
あるか否かについての検討をする事にしました。
現在日本には、商業捕鯨が行われていた時代に韓国及び日本沿岸で捕獲した
ミンククジラ 1,000頭分の筋肉や肝臓の一部が保存されております。
これらから DNAを抽出し、日本海・東シナ海系及び、三陸 − オホーツク海系統群の
特徴を示す DNAのタイプを求め、これと上記海域で採集されたミンククジラから
抽出した DNAのタイプを比較することにしました。
今回の調査で採集されたミンククジラの DNAがすべて三陸沖で捕獲されていた
ミンククジラのそれと一致すれば、少なくとも三陸 − オホーツク海系統群は
東経 170度にまで分布し、その資源量は目視調査で得られている 25,000頭以上である
ことになります。
そして今度は、三陸 − オホーツク海系統群が東経 170度以東どこまで分布して
いるか、並びにその範囲以内で亜系群が存在するのかの調査が必要になります。
一方、1994年の調査で採集したミンククジラが全て三陸 − オホーツク海系統群と
異なるとの結果がでた場合は、資源量は 25,000頭以下に修正しなければ
なりませんが、その場合でも、東経 157度以西の調査を行い、この系統群の分布限界と
亜系群の存在を把握する必要性が生じます。
また今回の調査海域に三陸 − オホーツク海系統群以外の一つもしくはそれ以上の
系統群が混じっていることが明らかになった場合、調査海域を拡大して最終的に各々の
系統群がどのような比率で混合して分布しているかを明らかにする必要性が生じます。
海域毎の資源量は目視調査で判りますから、得られた分布比率で修正して、我々が
知りたい三陸 − オホーツク海系統群の正しい資源量を修正していくことが可能になる
からです。
こうしたことから、1995年以降の調査は前年迄に得られた結果を見て、調査海域が
決定されることになります。
この調査の主目的は、ここに述べた通り日本の太平洋岸に来遊しているミンククジラ
(三陸 − オホーツク海系統群)が太平洋の沖合のどこまで分布しているか、そして
その正しい資源量を把握することにありますが、その他にも、採集したミンククジラの
年齢組成、性成熟状態、成長状態、餌の種類と量といった生物学的基礎資料を得、
更にミンククジラが分布している海域における他の種のクジラ類の分布状況、
海洋構造、汚染状況といったミンククジラの生息環境についての調査も並行して
行っていきます。
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日本鯨類研究所、事務局長
古い歴史がある日本の捕鯨の中で、沿岸性のミンククジラは昔から捕獲されていたに
違いありませんが、不思議なことにこの鯨種を捕獲したとの記録は江戸時代までは
ありません。
日本の沿岸でこの鯨種を本格的に捕獲し始めたのは、ノルウェー式捕鯨が導入された
以降の 1930 年代に入ってからです。(ちなみに南氷洋での捕鯨は 1970年以降です。)
その後、商業捕鯨モラトリアムで中断される 1987年まで、年間 300 頭前後の捕獲が
長い間安定的になされてきました。