捕鯨と貿易

(日本鯨類研究所 1994年発行「捕鯨と世論」より)

木村 親生
日本鯨類研究所



 鯨の肉をよその国から輸入したり、反対に輸出したりしようとする場合、その当事者は、日本の国内法に従わなければなりません。 一方、国家単位で物事を見た場合、鯨肉の国際取り引きは、主として以下の国際法や国際政治の力学によって規制されています。 国際捕鯨取締条約やワシントン条約(CITES)といった国際法や、アメリカの国内法を背景とした政治的な圧力が、それに該当します。

 まず初めに、国際捕鯨取締条約が挙げられます。 この条約は、1946年(昭和21年)12月ワシントンにおいて採択され、2年後に発効しまし た。 その後毎年、条約加盟国が構成する国際捕鯨委員会(IWC)が開催されています。 日本が加入したのは1951年(昭和26年)で、1993年(平成5年)5月の第45回IWCの時点で、40か国1が加盟しています。

 もっともこの条約は、その名が示す通り、捕鯨産業の取り締まりを目的として作られたもので、捕鯨産業によって得られた、鯨肉などの製品の貿易を規制することは、その直接の目的にはしておりません。 漁期の設定、鯨の体長や捕獲数制限といった、捕鯨に関する細かい規制を記載している「附表」と呼ばれるものが、条約不可分の一部をなしており、そこに記載されていることが、加盟国を法的に拘束しているのです。 (但し条約第5条の3に基づいて、附表修正の際に異議申し立てを行えば、留保されます)。

 しかしその一方で、条約第6条は、IWCが「鯨又は捕鯨及びこの条約の目的に関する事項について、締約国政府に随時勧告を行うことができる」と定めており、この条項に基づいて、IWCは鯨肉などの鯨製品の国際取り引きに関する勧告を出してきました。 これらの勧告は、先の附表記載事項とは異なり、法的な拘束力は持っておりません。 とはいえ、国際会議で決議されたことに反することは、いかに主権国家といえども容易ではなく、これらの勧告は法的拘束力に擬した力を持っています。

 1979年(昭和54年)の第31回のIWCにおいては、当時特に問題になっていた「海賊捕鯨」を規制することを目的として、非加盟固から鯨製品を輸入したり、反対に非加盟国に輸出したりすることを即刻中止することを決議しています2。 また、1986年(昭和61年)の第38回IWCにおいては、調査捕鯨によって得られた鯨肉およびその他の鯨製品は、主として現地で消費すること(従って、国際取り引きの対象とは主としてしないこと)を勧告しています3

 次に、鯨製品の国際取り引きに関わるものとして、国際政治の圧力が挙げられます。 これは主としてアメリカから他の国に加えられるものであり、アメリカの二つの国内法を背景としています。 パックウッド・マグナソン修正法と、ペリー修正法です。 前者は、ある国が、IWCの鯨資源保全措置の効果を減殺するような行為を行ったと判断される場合、アメリカの200海里経済水域から、当該国漁船を締め出すというものです。 この修正法は、日本などがアメリカの200海里内において漁獲割り当てを持っていた当時は脅威でしたが、その後アメリカが政策を転換し、外国漁船を一般的に締め出している現在、実質的な意味を失っております。

 後者のペリー修正法は、ある国が国際漁業資源条約の資源保全措置の効果を減殺するような行為を行ったと判断される場合、当該国からの水産物の輸入を差し止めると言うものでした。 (1992年にさらに修正が加わり、輸入差し止めの対象が水産物に限られなくなりました)。 1986年(昭和61年)には、アイスランドの調査捕鯨によって得られた鯨肉に関連して、先のIWC決議における「原産地内消費」(local consumption)の解釈が問題となった際、アイスランドとしては鯨肉の90%を輸出しても許されるとの判断を持っておりましたが、アメリカがペリー修正法をちらつかせて圧力を掛けたことによって、アイスランドは最終的に、調査捕鯨から得えられた鯨肉および鯨製品の49%以上は輸出しないということで合意しました4

 最後に、鯨製品の国際取り引きの規制に最も深く関わっているのが、ワシントン条約(CITES)です。 この条約は野生動植物の国際取り引きを規制することを目的として、1972年の国連人間環境会議の勧告に基づき、翌年採択されました。 日本が加入したのは1980年(昭和55年)で、1993年(平成5年)3月現在119の国5が加盟しています。 およそ2年おきに、締約国会議が開催されて来ています。

 この条約は、野生動植物の種を、絶滅のおそれのある程度に応じて附属書 I・II・IIIに別けて記載し、それぞれに程度の異なる規制を加えています。 最も絶滅のおそれがある種は、附属書 Iに記載されており、その国際取り引きには最も強い規制が加えられます。 ここで注意しなければならないのは、海洋生物に関しては、公海において捕獲したものをある国に運ぶことが、「海からの移入」として、国際取り引きに擬して取り扱われることです。 どの様な形になるかは分かりませんが、将来再開される可能性がある南氷洋捕鯨などはこれに該当します。

 鯨類は、シロナガスクジラ等、条約採択時から附属書 Iに記載されている種があります。 その後1981年(昭和56年)の、ニューデリーに於ける第3回締約国会議において、附属書 Iへの掲載種が増えた後、2年後のボツワナに於ける第4回締約国会議の結果、ひげ鯨は全て附属書 Iに掲載され、日本の沿岸小型捕鯨によって捕獲されているツチクジラも附属書 Iに掲載されました。 現在のクジラ目の附属書への掲載状況は、別表のようになっています6

 ボツワナにおける決定は、科学的根拠を欠いた、条約の濫用ともとれるものでした7。 そもそも附属書 Iへは、絶滅のおそれがある種が掲載されるべきなのですが、例えば南半球のミンククジラは、IWCの科学委員会において76万頭以上が生息していることが合意されているのです。 このことは条約本来の目的から逸脱するばかりでなく、1992年(平成4年)の国連環 境開発会議で合意された、持続的利用の原則を阻害するものです。 現在日本は、6種の鯨類(ナガスクジラ・イワシクジラ・マッコウクジラ・ミンククジラ・ニタリクジラ・ツチクジラ)を留保しています。

 今年(1994年)11月には、第9回締約国会議が、フロリダのフォート・ローダデールで開催されることになっています。 そこでの懸案事項として、付属書への掲載基準である現行のベルンクライテリアの見直しが予定されています。 現行の基準は、定性的かつ曖昧であるため、政治的な判断が入り込み易いと批判されてきました。 これをより定量的・科学的にしようというのが見直しの意図です。 掲載基準の見直しがそもそも成功するのか、又それに基づいて、附属書の掲載種も再検討されるのか、注目されるところです。



注:参考文献

1) 水産庁資料
2)IWC, 30th Report (1980), Appendix 9, p.38.
3)IWC, 37th Report (1987), Appendix 2, p.25.
4) G.S. Martin, Jr. and J.W. Brenann, Enforcing the International Convention for the Regulation of Whaling: The Pelly and Packwood-Magnuson Amendments, Denver Journal of International Law and Policy, vol. 17 No.2 (1989), pp.311-312.
5)通産省公報特集号 平成5年3月30日号 p.35.
6)Ibid., pp.67−68.
7)長崎福三「ハバローネ・ボツワナ」鯨研通信 第350号(1983)

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