20世紀最後のIWC総会は去る7月3日から6日まで行われた。 開催地はアメリカなどよりも強硬な反捕鯨国であるオーストラリアで、しかもロバート・ヒル(Robert Hill)環境大臣の選挙区内のアデレード市であった。 ヒル環境大臣といえば1997年9月に、全世界の海で永久的に捕鯨を禁止するグローバル・ホエール・サンクチュアリー構想を明らかにした事で知られ、今回の南太平洋サンクチュアリー案はその第一歩とも見られる。 部外者としては会議のなりゆきが気になったが、捕鯨の当事国である日本では全国紙での取り上げは簡単で、あまり詳細は伝わってこない。 各種投票結果などは、例えば農水省のプレスリリースページにある 結果の概要 にあり、表に現れる投票結果などでは従来から目立った進展はなかったが、ネット上での海外のニュースで注意をひいた点をいくつか書き留めておく。
− ワシントン条約事務局長からIWCへの手紙 −
今年は4月に、ワシントン条約(CITES)の締約国会議が開かれ、日本とノルウェーが提案していたミンククジラのダウンリスティング案は否決された。
これまでのIWCによる公式の資源評価からみると、ミンククジラは全世界で100万頭に迫る数が生息していると見られ、とてもではないが、現在分類されているような「絶滅に瀕している種」ではない。
当初はワシントン条約の事務局でも、現状は絶滅に瀕した種と認定するための科学的基準に合わないとして、提案どおりミンククジラを付属書Iから付属書IIへ移す事を勧告していたが、反捕鯨勢力の圧力を受けたのか撤回し、事務局のお墨付きを失った格好になった提案は浮動票を集めきれず否決された。
ただ、商業捕鯨のモラトリアム後の資源評価によって、ミンククジラなどが捕獲に耐えうるほど豊富である事が確認されたにもかかわらず、「何が何でも商業捕鯨は再開させない」と公言してはばからないオーストラリアをはじめとする反捕鯨勢力が、捕鯨再開へ向けた最後の関門である改訂管理制度(RMS)の完成を遅らせている実態は、ワシントン条約側でも認識していた。
そこで、早く改訂管理制度を完成させるよう、催促の手紙を書いたのだが、その文面は反捕鯨国などの反発もあって、マスコミなどには非公開となった。
ただ、中立系の国が、IWCの現状がその国際的信用を落とす事を恐れ、2001年2月までに改訂管理制度の完成に向けた会合を開く事などを提案して合意された。
− ドミニカ騒動 −
カリブ海には中部に「ドミニカ共和国」(Dominican Republic)という比較的大きな島国と、東部に「ドミニカ国」(Commonwealth of Dominica、あるいは単にDominica)という奄美大島より少し大きくて人口が7万人程度の島国があるが、後者はIWCの加盟国であり、そこを舞台にひと騒動があった。
以下、現地紙の「The Chronicle」をはじめ、この騒動を報じた複数の記事やネット上の情報、IWCの資料などからまとめてみる。
ドミニカでは今年1月の総選挙を受けて、連立内閣が誕生したが、自身は出馬しなかったものの通商産業協会の推薦を受けて農業・環境・企画大臣に就任していたAtherton Martin氏は、ドミニカがIWC総会でオーストラリアなどが提案した南太平洋のサンクチュアリー(聖域)案に反対票を投じたのに抗議して、「これは海外援助にからんで日本が圧力をかけたためだ」として、抗議のために辞任すると本国での記者会見で発表した。 会見の席でMartin大臣は「内閣はIWCにおけるすべての投票で棄権する事を決めていた」と主張し、また彼自身がRoosevelt Douglas首相に対して、IWCへのドミニカ政府代表であるLloyd Pascal氏を召還するよう要請していたが、却下されたとも述べた。 ドミニカではホエール・ウォッチングが比較的盛んであり、Martin大臣はこれら観光産業の利益も主張している。
大臣に就任するまでMartin氏はドミニカの反捕鯨団体であるドミニカ自然保護協会(Dominica Conservation Association - DCA)の会長だったが、後述する外国NGOとの関係を考慮してか、捕鯨問題に関する管轄はIWC開催前に外務省へと移管されていた。 Martin大臣の言い分に対し、Douglas首相は「代表団に対しては、現地で得られるすべての情報をもとに独自の裁量で投票するように指示してあった」と反論、「オーストラリアなどのサンクチュアリー案は(条約第5条で規定されているような)科学的裏付けが得られていなかった」とも指摘し、7月10日にMartin大臣の辞任は受理された。 Douglas首相と同じドミニカ労働党に属するPascalコミッショナーも「Martin氏は海外の反捕鯨団体の影響下にある人物だ」とコメントし、またサンクチュアリーについてはIWCの長年の懸案である改定管理制度(RMS)が完成しても豊富な鯨種の捕獲を不可能にするもので、原則にそぐわないとの認識を示した。
Martin氏の政治キャンペーンが、反捕鯨団体である国際動物福祉基金(International Fund for Animal Welfare - IFAW)のテレビ広告を活用して行われていた事から、DCAはIFAWの傀儡であると見る現地筋もあり、金銭関係も指摘されている。 連立内閣においてMartin氏は自身の諸政策に対する他の閣僚の支持をとりつけるのに失敗してきていたという。 DCAは反捕鯨団体としては日本ではなじみが薄いが、IWC総会には1995年から参加している。 1998年のIWC総会においては、IWCと同じ略称を持つ国際野生連合(International Wildlife Coalition)というNGOと共に、「日本はカリブ海諸国への経済援助と引き替えにIWCでの支持を受けている」という今回同様の主張をはじめ脅迫めいた言説を含む開会声明を発表して日本とカリブ海諸国の猛反発を買い、結局IWC議長の働きかけにより国際野生連合の声明はIWCのドキュメントから削除されるという騒動があった。
東部カリブ海諸国(Antigua & Barbuda、St. Lucia、St. Vincent & Grenadines、St. Kitts & Nevis、Grenada、Dominica)は1970年代終りまでの植民地時代のバナナ・プランテーション的経済状態、すなわちバナナの輸出や観光で得た金で外国から安い肉を買うといった状態から脱却して周囲の豊富な漁業資源を自分達で活用するために漁の加工や保存などで日本の技術援助を受けている。 ドミニカについて言えば、従来のバナナ農業はハリケーンなどの気候の影響のために収穫が不安定であり、砂浜が少なく入り組んだ海岸線と国際空港の不在から観光産業の発展も難航していて、政府は海の利用に活路を求める政策を推し進めている。
東部カリブ海諸国の多くは当初、独立して間もない頃に欧米の反捕鯨団体の資金援助のもとにIWCに加盟したと言われ、事実、モラトリアム採択時には外国人の反捕鯨活動家が政府代表として投票していた国すらあった事は以前ふれた。 その後は「科学的根拠に基づいて利用可能な海洋資源は合理的・持続的に利用する」という、考えてみればごく当たり前の立場に変わり、条約の範囲外である倫理的理由をかざして捕鯨に反対する欧米諸国とは一線を画していて、小国ながら雄弁な様子はIWCの議長報告書からもうかがえる。 日本からの海外援助に関した反捕鯨NGOの宣伝に対しても「我々は日本よりもEUからより多くの援助を受けているが、もし我々がEU諸国と同じ投票をしたら、カリブ海諸国はEUに買収されていると言うのですか?」と反論している。
なお、Martin大臣は会見で「今回の投票によってドミニカの観光産業は大打撃を受けるであろう」と述べていたが、IWCにおいて条約の規定を満たさない提案に反対票を投じた事が観光客の心理に重大な影響を与えると考えるのは誇大妄想というものではないだろうか。
(2000年7月22日 更新)
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