以前に「クジラやイルカの知能」と題してまとめたが、2013年に出版された 「Are Dolphins Really Smart - The mammal behind the myth」においてイルカの音声コミュニケーション能力について詳しく紹介されているので簡単に紹介しておきたい。
著者のジャスティン・グレッグ(Justin Gregg)は Dolphin Communication Project(DCP)という団体に属する研究者だが、いわゆるニューエイジ系のイルカ愛好家・研究者とは違い、科学的な厳密性を保ちつつ、他の動物の能力との比較も豊富に交えてイルカの能力について著書で紹介している。 つまり従来の本では「イルカはこれが出来る」というイルカに絞った傾向の解説だったのに対し、本書では「イルカのこういう能力について研究されているが他の動物の能力はどうか」という点についても多く言及されていて著者の知見の広さがうかがえる。 また、実験結果の解釈における様々な問題点にも言及されていたり、同じ実験でも人間に慣れ人間にトレーニングされた飼育下のイルカと野生のイルカでは示す能力が違っていたりと参考になることが多い。
さて、イルカの音声コミュニケーションが人間の自然言語とどの程度違うか、あるいは似ているかを比較する上で、著者は人間の自然言語における特徴を以下の10項目に要約し、それぞれについてイルカの音声コミュニケーション能力を検証している。
例えばオウムやボノボは記号の組み合わせを理解してそれを発音で表すことができ、イヌもまた、記号の組み合わせによる構文のある指示を理解できるという。
イルカにおいては、命令の後に別の命令をつなぎ合わせた指示を与えた場合に7割程度は理解できたというが、こういう単純なつなぎ合わせの形式では真の再帰性にあたらないと考える研究者が多いという。
例えば訓練下の動物に記号と意味の対を憶えさせる実験において、憶えることができた対の数はボノボで200以上、ボーダー・コリーで200以上、オウムで150以上、イルカでは40〜50程度だったという。
例えば他の個体から音声を学ぶというのは動物ではスズメ目、ハチドリ、コウモリ、オウム、アザラシ、鯨類において知られている。
例えば訓練されたイルカの実験例では感情以外をコミュニケーションで伝達できるが、野生のイルカにおいては感情以外を音声で伝えるのはかなり少ないという。 また、本書では取り上げられていないが、カラスは危険な人物の顔の情報を仲間に伝えることができるという。
例えばニワトリが仲間に危険を知らせる際の音声は仲間の構成に応じて異なり、それがチンパンジーの場合にはその仲間が以前に同じ危険を経験したかなどに応じて警告の頻度を変えるという。
著者は過去の様々な研究を引き合いに個々の項目を判定しているが、その詳細は本を読んでいただくとして結果は各項目を0〜5点で評価(つまり満点は50点)して上図のごとくイルカは20点であった。 つまり、イルカの音声コミュニケーションは人間の自然言語とは相当にかけ離れたものであって、人間の言語と相互に翻訳できるようなものではないということである。 こう書くと「人間の言語だけが言語ではない」という異論も出てくるだろうが、そのように基準を緩めると今度はカラスなど他の多くの動物も「言語」を持っていることになる。
比較として他の動物のコミュニケーション能力も示されているが、チンパンジーの場合は音声に加えてジェスチャーによるコミュニケーション、ハチの場合はいわゆる尻振りダンスを含んだコミュニケーションで評価されている。 なお、1960年代にイルカの知能が注目を集めたせいで多くの研究者がイルカの研究に引き付けられたが、最近はそれ以外の動物の研究も増えてきており、例えばクマは従来考えられてきたよりも高度の認知能力を持っていてカラスやイルカや霊長類に匹敵しそうなことが判明してきているという。
ちなみに、ネットの書店でグレッグの「Are Dolphins Really Smart - The mammal behind the myth」を見ると320ページもあって読むのが大変という印象を持つかもしれないが、末尾の参考文献一覧にかなりのページが割かれているので本文は220ページほどである。
(2015年2月21日)
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