捕獲量をめぐる話 − BWU、NMP、RMP

MSYの説明もしたので、ここでIWCによる捕獲枠設定の歴史を見てみる。

BWU(Blue Whale Unit − シロナガス換算方式)
第2時大戦後にIWCが設立されて後、南氷洋などにおける捕獲枠の設定はBWUによって行われていた(BWU自身は戦前から用いられていた)。 これは、ナガスクジラ(Fin Whales)は2頭、ザトウクジラ(Humpback Whales)は2.5頭、イワシクジラ(Sei Whales)は6頭を、それぞれシロナガククジラ1頭の捕獲に等しいとするもので、鯨油の生産が目的であった西欧諸国が生産調整のために導入した方式である(戦前の換算ではイワシクジラは5頭であった)。 例えば、捕獲枠が1500BWUの場合、シロナガスクジラだけを捕った場合には1500頭の捕獲ができ、ナガスクジラだけを捕れば3000頭捕獲でき、あるいはシロナガスクジラを1000頭にナガスクジラを1000頭捕る事も可能である。、 このように、鯨の種類ごとに捕獲枠を設定するわけではないので、競って効率の良い大きい鯨種が狙われる事となり、大きい鯨種から順次資源状態が悪くなる事態を招いた。 科学委員会ではすでに60年代から、南氷洋で鯨種別の捕獲枠を設定するように主張していたが、本会議レベルで廃止が決まったのは70年代に入ってからで、1972/73シーズンからは捕獲枠が鯨種別に設定されるようになった(北太平洋では1960年代終りから鯨種別に捕獲枠が設定されていた)。

戦後の南氷洋のBWU捕獲枠の変遷
漁期 BWU捕獲枠
1946/47 16,000
47/48 16,000
48/49 16,000
49/50 16,000
50/51 16,000
51/52 16,000
52/53 16,000
53/54 15,500
54/55 15,500
55/56 15,000
56/57 14,500
57/58 14,500
58/59 15,000
59/60 14,600
60/61 17,780
61/62 17,780
62/63 15,000
63/64 10,000
64/65 8,000
65/66 4,500
66/67 3,500
67/68 3,200
68/69 3,200
69/70 2,700
70/71 2,700
71/72 2,300


NMP(New Management Procedure − 新管理方式)
1974年のオーストラリアの提案に基づいて、同年12月に科学委員会で細部が検討され、翌75年の会議で正式に採択されてさっそく適用されたもので、MSY理論の一種であるペラ・トムリンソン (Pella-Tomlinson)モデルに基づいている。 これによって、鯨の資源状態は以下の3種類に分類された。

なお、MSYレベルは初期資源の60%に設定されたので、実質上の分類としては、初期管理資源は資源量が捕獲開始前の72%(72=60+20x0.6)以上のもの、保護資源は資源量が捕獲前の54%(54=60-10x0.6)以下になったもの、維持管理資源は資源量が捕獲開始前の54%から72%までのものとなる。

初期管理資源の捕獲限度をMSYの90%としたのは、資源量など各種の推定値に伴う誤差を考慮に入れた安全措置だったようである。 さて、このNMPでは初期資源量、現在の資源量、MSYの3つが判っていないと捕獲枠を設定できないが、これらを精度良く推定するのは難しい。 何がなんでも捕鯨を禁止したい勢力からすれば、初期資源量を大きめに推定したり、現在の資源量を少なく推定すれば、対象の鯨種を保護資源に分類させて捕獲をストップさせる事も可能となる。 例えば、以前ミンククジラの資源量で取り上げた、反捕鯨派の科学者シドニー・ホルト(Sidney J. Holt)によるあまりにも低い資源量の推定値(1978年に2万頭説を唱えた)なども、こういう政治的意図に基づいている疑いが強いし、反捕鯨派科学者が少ない資源推定量を出すためにインチキ計算をした例もいくつか指摘されている。 また、使用した理論的モデルも鯨に適用して妥当だという裏付けがあった訳でなく、捕鯨側、反捕鯨側の間で使用するパラメーターの値をめぐって論争が続いた。


RMP(Revised Management Procedure − 改訂管理方式)
NMPをめぐる上記のような背景から、1986年に、このような欠陥を改善して少ない知識で捕獲枠を算定できる新しい方式を開発する事が決められ、翌1987年にはNMPにとって替わる新しい方式の目標として以下の3つが採用されている。

  1. 捕獲限度枠が年によって大きく変動しない(捕鯨業のスムーズな進行のため)。
  2. 資源量がある一定の危険なレベル以下に枯渇しない。
  3. なるべく高い持続的な捕獲限度を与える。

このような状況のもと、様々な科学者によって、NMPにとって替わる新しい管理方式が提案されたが、提案者の名前をとって以下のように呼ばれる。

最初の3つはNMPで用いられたのと同じMSY理論のモデルを用いるので、モデル依存型とよばれ、後の2つはそのようなモデルを仮定しないので、モデル独立型と呼ばれる。

これら5つの方式に対して、科学委員会ではコンピューター・シミュレーションを適用して、その性能をテストした。 具体的に言うと、資源量の推定の間違え方について100とおりのパターンを用意し、それぞれの場合について100年間資源管理を行った際の性能が調べられた。 対象となる鯨の資源状態も、初期状態のものから、数%にまで激減しているものまで多岐にわたり、また、資源量の推定精度、環境収容量の時間的変化や、対象となる鯨のMSY、過去の捕獲データの誤りなど、様々な場合を想定して徹底的にシミュレーションが行われた。

その結果、提案された5つの方法はどれも管理方法の目標とされた3つの条件を満たす事が確認されたが、特に資源を枯渇されるリスクの低さを念頭において科学委員会は1991年にCookeの方式を採用し、これをもとに翌92年の本会議前に科学委員会において改訂管理方式が完成された(Cookeの方式はNMPと同様のモデルに基づいているが、コンピューター・シミュレーションによって、実際の鯨資源の挙動とモデルで仮定した挙動の違いは特に問題とならない事が判明している)。 ただし、科学委員会と違ってIWC本会議は政治的動機が強く入って来る場であり、「何が何でも捕鯨を再開させたくない」勢力が幅を利かせていたから、正式に本会議で採択されたのは1994年である。 専門家が長年苦心して開発してきたRMPが本会議で採用されないのに抗議して、1993年の会議後に当時の科学委員会の議長であったフィリップ・ハモンド(Phillip Hammond)は辞任しているが、一方、この年のアメリカ政府代表であったマイケル・ティルマン(Michael Tillmann)は、RMP採択を阻止したとして翌年に反捕鯨団体の動物福祉協会(Animal Welfare Institute)からシュヴァイツアー賞(Albert Schweitzer Medal)を授与され「感動し心から喜んでいる」と述べている。

さて、ミンククジラの資源の頑健さが既に包括的資源評価によって確認され、捕獲枠算定方式も完成されたとあっては、商業捕鯨が再開されかねないので、反捕鯨国側は1992年にRMS(Revised Management Scheme − 改訂管理制度)という監視・取締制度が完成するまで商業捕鯨を再開しない事を提案し、多数決で採択された。 国際監視員制度などはすでに70年代から適用されており、その他の操業管理上の細目などは通常の漁業交渉などでは数時間の討議で決まる類のもので、本来数年を要する代物ではないのだが、「鯨のような大きくて美しい動物を食べる必要はない」(1991年、オーストラリア政府代表のピーター・ブリッジウォーター(Peter Bridgewater))とか「捕鯨を禁止させる科学的な理由はもうないから倫理的な理由で反対していく」(1991年、アメリカ政府代表のジョン・クナウス(John Knauss))という、条約目的とは異なった文化帝国主義的な動機で政策を決めている国が多数いるのがIWCの現状であるから、反捕鯨側はRMSの審議を遅らせる戦略によって商業捕鯨の再開を阻もうとしている。 さらに南氷洋を鯨のサンクチュアリー(聖域)にする事によって捕鯨再開を阻む事を企て、サンクチュアリーの設定には科学的認定に基づく、というIWCの条約第5条第2項を無視して科学委員会の勧告もないまま強引に多数決でもって1994年に成立させている。

なお、RMPの明細はNMPに比べて複雑なので、詳細は専門家による解説などにまかせるが(例えば、自身も新しい方式を提唱した田中昌一博士による解説 − 1 2 )、簡単に言えば捕獲データに加えて5年に一度義務付けられる資源推定調査の結果をフィードバックさせて、徐々に理想的な捕獲枠に近づけていこうとするもの、ということになるだろうか。 また、系統群についての知識の誤りなどが悪影響を与えないように、様々な安全措置が施されている。 実際、RMPが与える捕獲限度が非常に控え目であるため、同種の手法が他の漁業にも適用されるとほとんどの漁業が商業的に成り立たなくなるという事が、1995年4月にIWCの事務局長を呼んで行われたEUの特別公聴会における質疑で話題になっている。

無論「100%安全」であるなどと保証はできないが、そのような事を求めるのは例えて言えば「交通事故がこの世からなくなるまで子供が外出するのを禁止しましょう」というのと同レベルの発想である。 「100%安全とは保証できない」のは反捕鯨国でも行われている他の漁業や狩猟における管理手法、果ては他の分野の様々な事柄でも同じであり、捕鯨に関してだけ特別に厳しい基準を要求するのは、鯨可愛さに目がくらんで上での世界中の誰にも殺させたくないという愛好家心理の隠れ蓑としてか、あるいは今世紀中頃までの捕鯨の知識から受けた心理的トラウマ(例えていえば、一度水に溺れた人間が水泳を拒否し続けるような)や、捕鯨に関して嘘と誇張を交えたプロパガンダ情報だけに接してきて自分で各種文献を当たった事がない事からくる思い込み、あるいは捕鯨だけにスポットを当てて他の人間の活動と客観的に比較した事がないというバランスに欠いた思考回路、といったものからであろう。

なお、今現在のRMPの対象はヒゲ鯨類であり、雄が複数の雌とハーレムを形成するなど特異な集団構成を持つマッコウクジラをはじめ歯鯨類は対象外である。

(2000年11月18日 更新)

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