2002年のIWC年次総会

2002年のIWC年次会議は、1993年の京都以来9年ぶりに日本での開催であり、捕鯨基地としての役割を果たしてきた山口県の下関市での開催であった。

会議前に6カ国が新規加盟したため、今年の会議で懸案になると思われた日本の北西太平洋の調査捕鯨における捕獲鯨種の拡大に対する反対決議案などでの採択に影響が出るかどうかが、例年と違う点だろうと予想していたが、原住民生存捕鯨をめぐる思わぬ展開に会議が振り回され、議題を全部消化することなく時間切れで閉幕という前代未聞の終わり方をした。

ここで、IWCの原住民生存捕鯨について簡単に記しておく。

さて、日本は鮎川など捕鯨の伝統が文化に深く根付いた地域に対しても、原住民生存捕鯨と同等な特殊な扱いが認められるべきだと主張してきたし、これを裏付ける内外の文化人類学者の研究も数多くあるが、50頭のミンク鯨をこれら捕鯨に縁のある地域に対する救済枠として認めるように求めた提案は過去十数年、反捕鯨勢力によって日の目を見なかった。 そこで今年は、資源量が9000頭程度で毎年50頭前後捕られてきているホッキョク鯨の分について、多数決で決めることを日本が主張し、投票の結果、ホッキョク鯨の原住民生存捕鯨枠の案は拒否された。 この背景には、商業捕鯨のための捕獲枠算定方式であるRMP(改定管理方式)を適用するならばホッキョク鯨の資源量は30年間は捕獲禁止措置になるほどの低さなのに対し、原住民生存捕鯨のための捕獲枠算定方式であるSLA (命中枠算定法)では年間60頭の捕獲が認められるという事態に見られる「科学の2重基準」に対する日本側の反発もあったようだ。 なお、ホッキョク鯨よりは資源量の多い他の鯨種の原住民生存捕鯨の捕獲枠はすべて通った。 一部の人は、現代とはかなり違った状況下での今世紀半ばまでの捕鯨を例にとって「商業=悪」のような図式で捕鯨問題を考えがちだが、IWCの違反委員会の記録を見ればわかるように、原住民生存捕鯨でも違反はけっこう報告されているのであり(この点は再開して10年ほどになるノルウェーの商業捕鯨と対照的である)、資源量が少ない種においては原住民生存捕鯨だからといって、5年間のブロック・クォータを安直に設定する事態に疑問が起きても不思議ではないと思う。

ここで、事情を知らない人は、ロシアとアラスカの原住民が飢えるのではないかと思うだろうが(事実、反捕鯨団体は一般の知識不足につけこんで、そのような宣伝をしているが)、現実はそんな単純なものではない。 まず、近年の 捕獲統計 を見ればわかるが、ロシアのチュクチ族は今回捕獲が認められたコククジラを年平均100頭以上捕っているのに対し、ホッキョク鯨は1頭そこそこであった(捕獲枠としては年平均5頭まで捕れたが)。 彼らはIWCの管轄外である小型鯨類も捕獲しており、ホッキョク鯨が捕れなくなったからといって餓死することは考えられない。 ただし、彼らの文化においてはコククジラを捕るよりはホッキョク鯨を捕る方が重要らしい。

一方、アラスカの町バーロウでホッキョク鯨を捕っているエスキモーはどうであろうか? 以下は現地を訪れた方の描写である。

 「もし貴方が豊かであれば、民族はその食生活を転換出来ると安易に考えているのならば、私は北米大陸の北端にあるアラスカ州のバーロウの町を訪れることをお勧めしたい。 バーロウでは、世界でも最も枯渇の水準が心配されている鯨種である北極セミ鯨(英語で Bowheadと呼ぶ)を住民が捕獲することをIWCが許可しており、それは、これらの住民が豊かでないからではない。 いや、むしろ豊かであるからこそ、捕鯨が催事として許可されているのである。 町の公共施設は完備し、住民の多くはセントラルヒーティングのある広い住宅に住む。 町のスーパーマーケットには、牛肉から日本の白菜まで、あらゆる食品が揃っている。 ビデオショップには、最新のハリウッド映画のビデオが揃っており、明け方まで、暴走族めいたスノーモービルやバギーカーの騒音でゆっくりと眠る時間もない。 若者達は、私の訪問した9月の末の長い日照時間をフルにエンジョイしていた。

 バーロウで捕鯨のキャプテンの地位を保持するのは、単に人望があるだけではなく、資産が必要であると私は何度も聞かされた。 なぜならば、ここの捕鯨は原住民/生存捕鯨としてIWCが認定しており、その為には、金銀による鯨肉の取り引きが出来ないからである。

 捕鯨を続ける為には、近代化されたモーターボート(秋に氷が接岸していない時期に行う捕鯨には、非伝統的なモーターボートが必需品である)をはじめとし、ガソリン代、気象状況モニターの為に欠かす事の出来ないコンピュターや、高性能の無線機、モリ撃ちの銃、一隻に五人は要するクルーの日当、(時には、一ケ月もの日数がかかる)など莫大な経費が必要であるからである。 町は石油や天然ガスなどの資源開発に伴って、財政が豊かであり、財テクの専門家も郡役所に配置されている。 この豊かさをもって、住民は、米国本土から野性生物研究の科学者を雇用し、ワシントンには弁護士を置き、連邦政府の内務省に人権問題であると訴え、その結果枯渇した北極セミ鯨の捕獲をIWCに認めさせたのである。 IWCの科学小委員会は、今でも、この北極セミ鯨の系統群が十分な資源状態にあるという意見はもってはいない。 バーロウの町の統計には、鯨肉は住民の 蛋白源のわずか8%程度であり、主食としての役割を果たしてはいないことが判る。

・・・三崎滋子「ゲームの名は捕鯨問題 」、1994年、より」

もし、彼らが本当にホッキョク鯨の捕獲なしで窮状に陥るのなら、他国の人権事情に口出しするのが大好きなアメリカ政府のことだから、国際捕鯨取締条約に従って「異議申し立て」をした上で自国民に捕獲させるなどわけないことであり、ロシアとアラスカにおいて、今回の騒動の果てにひもじい思いをする原住民は一人も出ないことは断言して良いだろう。


特別会合
この、ホッキョク鯨の捕獲枠設定の否決という事態を受けて、10月14日からイギリスのケンブリッジで特別会議が開催され、再度討議された。 その結果、IWC科学委員会によるホッキョク鯨の資源量評価の結果によっては捕獲量を修正するという条件のもとで、投票にかけずに合意のもとに捕獲枠は承認された。 捕獲枠は、「2003年から2007までの5年間で280頭以内(年平均にして、アメリカが51頭、ロシアは5頭)、ただし、ある1年における捕獲は67頭を超えてはいけない」という、従来の数字と同じである。

また、この特別会議において、アイスランドが商業捕鯨モラトリアムへの異議申し立てをした状態で加盟する件も再度討議され、19対18の一票差で正式加盟が認められた。 アイスランド政府は2006年までは捕鯨を再開しない旨言明しており、また、再開する際にはIWCが認める捕獲枠に従ってミンククジラ、ナガスクジラ、イワシクジラを捕ることになるだろうという。

更に、日本が過去十数年求めながらも否決され続けてきた、伝統的な沿岸捕鯨地域での50頭のミンククジラの捕獲要求は投票にかけられたものの16対19(棄権2)で否決されたが、ホッキョク鯨の件が無事一件落着したアメリカとロシアは賛成票だった。 特に過去と打って変わったアメリカの賛成票は目を引く。

(2002年10月19日 更新)

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