IWCの加盟国

現在、世界中の国の数は190余りある(台湾など、国家として認められていない地域は除く)。 その中で、現在IWCに加盟している国は以下の89カ国である( 推移は表参照 )。

もともとIWCにおける新加盟国のリクルートは、「資源量が多い少ないにかかわらず、すべての鯨の商業捕鯨を禁止する」商業捕鯨モラトリアムの採択のために反捕鯨NGOが1970年代終わりに開始したものである。 日本など捕鯨国側は、「鯨資源の保存と適度な利用」という条約本来の目的の実現を目指してきたが、固定化した投票パターンを打ち破るには捕鯨側の主張に同調してくれる新規加盟国をリクルートせざるを得ないとの判断から対抗措置に打って出た。 その結果、非ヨーロッパ圏を中心に加盟国が増えて2006年のIWC総会で「商業捕鯨モラトリアムはもはや必要ない」というセントキッツ・ネービス宣言が採択されるにまで至ったことに反捕鯨国側は危機感を強め、2007年2月にはイギリス政府がEUやアフリカの非加盟国を反捕鯨陣営に新規加盟させる意思を表明している。 2006年の年次会議以降、スロベニア、クロアチア、キプロス、エクアドル、ギリシャなどヨーロッパ圏だけでも13カ国が新規加盟している。

ヨーロッパとNIS諸国:32カ国 (53カ国中)
Austria, Belgium, Bulgaria, Croatia, Cyprus, Czeck, Denmark, Estonia, Finland, France, Germany, Greece, Hungary, Iceland, Ireland, Italy, Lithuania, Luxembourg, Monaco, Netherlands, Norway, Poland, Portugal, Romania, Russia, San Marino, Slovak, Slovenia, Spain, Sweden, Switzerland, U.K.

北米・中米・南米: 22カ国 (36カ国中)
Antigua and Barbuda, Argentina, Belize, Brazil, Chile, Colombia, Costa Rica, Dominica, Dominican Republic, Ecuador, Grenada, Guatemala, Mexico, Nicaragua, Panama, Peru, St. Kitts and Nevis, St. Lucia, St. Vincent and the Grenadines, Suriname, Uruguay, U.S.A.

アジア: 7カ国 (21カ国中)
Cambodia, China, India, Japan, Korea, Laos, Mongolia

中東: 2カ国 (15カ国中)
Israel, Oman

アフリカ: 18カ国 (53カ国中)
Benin, Cameroon, Côte d'Ivoire, Congo, Eritrea, Gabon, Gahna, Gambia, Guinea, Guinea-Bissau, Kenya, Mali, Mauritania, Morocco, Senegal, South Africa, Tanzania, Togo

オセアニア: 8カ国 (14カ国中)
Australia, Kiribati, Marshall Islands, Nauru, New Zealand, Palau, Solomon Islands, Tuvalu

こうして見ると、ヨーロッパの国や、ヨーロッパ人が移住して開拓した国が半分以上を占めていて、アジア・アフリカの比率が低い事がわかる。 調査捕鯨に対する反対決議案は法的拘束力はなく、IWCの会議で投票に棄権せず参加した国の2分の1で可決されるが、こういう地理的・文化的バランスを欠く構成での多数決をもって、反捕鯨団体は「反捕鯨は世界の世論」と言う。

IWCは、アメリカ政府に加盟の意思を通知さえすれば、鯨に関する知識や漁業管理の経験や見識の有無にかかわらず、どの国でも加盟できる。 これまでのの加盟国の様子を見ても、分担金が未払いで投票権が停止されている国、重要な投票のある日にだけ参加する国、一度も自国のコミッショナー(「主席代表」と訳される場合もあるが、要は代表団の団長で本会議での投票権を持つ)を任命しなかった国、会議の休憩時間に反捕鯨NGOから手渡されたメモを自国の声明として読み上げる国など、実態は様々である。

90年代に入って日本は発展途上国を中心に複数の国にIWCの加盟を促ししている。 1976年以来IWCの事務局長を務めてきて2000年の会議を最後に引退したレイ・ギャンベル(Ray Gambell)博士に言わせると、「自分の意見を支持してくれる国を加盟させる事はどの国もが使いうる戦略である」(The Guardian Weekly、18-Nov-1999)という事になるのだが、国連と違ってIWCでは加盟国の分担金が一律なため、経済的に恵まれていない国にとっては海洋生物資源の持続的利用という日本の意見に賛成であっても、自分の利害に直接は無関係なIWCに高額な金を払って加盟して代表団を送るまでには至らない事が多かった(IWC加盟国の分担金を経済力に応じた額にする国連方式の導入は1999年に提案されたが、その後は経済的に力のない国の分担金はだいぶ減ったようである)。 街頭募金のように募金額が自由な場合でも募金に応じないで通りすぎる経験は誰でもあると思うが、まして、「最低限1万円以上で」などという条件がついていたら募金の主旨には賛成でもおいそれと応じられないのと同じである。 日本円で数百万円に相当するIWCの分担金は、経済規模の小さな国にとってはおいそれと出せる額ではない。

そこで、「日本の意見には賛成だけど、捕鯨問題に利害関係のない我国にとっては経済的な負担が高い割にはメリットがないから、せめて何か見返りが無ければ加盟はできない」という場合もでてきて、ODAのような経済援助を見返りにという事にもなるのも無理もない話だと思うが、それが反捕鯨国などでは「日本が金でIWC票を買う」というような報道が出てくることになる。 仮にそういう事態であったとしても、捕鯨問題に対する彼らの本来の意見はそのまま尊重されているわけであり、後で述べる例のように反捕鯨団体が経済ボイコットをちらつかせて投票を変えるよう脅しをかけるといった、言論の自由の圧殺とは根本的に次元が異なる。 国際外交の世界では、国同士が友好裏に利害の調整を済ませて協力関係を結ぶ事はシビアーな国際社会で少しでも有利に生き残るための当たり前の方策だと思うのだが、日本国内でも、ナイーブな学級会的倫理観をそのまま国際社会に延長して物事を見る人や、外国の政策には目をつぶって常に日本の政策のみを論じたがる人は妙に抵抗を覚えるらしい。

反捕鯨側の政治圧力の一例だが、1994年に南氷洋のサンクチュアリー案に反対しようとした南太平洋のソロモンは、反捕鯨国から輸出品であるバナナの禁輸の可能性でもって脅された。 同様にカリブ海の4ヵ国には、アメリカの反捕鯨団体から多量の抗議文書がFAXで送られ、観光地のホテルに大量に予約してキャンセル料が発生する直前の日にキャンセルされるといういやがらせに遇っている。 ノルウェーはアメリカの国内法に基づく経済制裁で脅された。 その結果、これらの国々は南氷洋のサンクチュアリー案採決においては棄権している。 このような、主権国家の自由な意思表明に対する圧力の存在が、IWCでも秘密投票制を導入しようという日本提案の動機となっている。 マフィアの暴力が支配する町の住民投票で記名投票するような状況を想像してみてほしい。

IWCの歴史を見ると、自分たちの支持基盤を強固にするために加盟国を増やすというのは、もともと反捕鯨陣営が先に用いた手法であり、1980年前後には多くの国がIWCに加盟している(表参照)。 これは商業捕鯨モラトリアムの採決に必要な4分の3の多数を得るためだが、セントルシアなど現在では日本の立場を支持しているカリブ海の島国の多くも、もともとは反捕鯨側が加盟させたもので、分担金などもグリーンピースなどが出したという事は過去何人かのジャーナリストが指摘してきたし、IWCへのアメリカ政府代表団のコミッショナーであったマイケル・ティルマン(Michael Tillman)も1998年のラジオ番組で認めているところである。 中には、反捕鯨団体からもらった小切手をそのままIWCへの分担金の支払いに使ったために資金関係が露見した国もあったという。

そして、それらの国の国籍を持たないグリーンピースの活動家やその仲間が代表団のコミッショナーや代表団員としてIWCの会議に参加していた。 このような状況の中で1982年、商業捕鯨のモラトリアムは棄権5票を除いた有効票32のうち賛成25という4分の3プラス1で可決されたわけだが、この年の代表団リストを見てもアンティグアのコミッショナーのR. Baron、セントビンセントのコミッショナーのC.M. Davey、セントルシアのコミッショナー代理のF. Palacio、セイシェルのコミッショナー代理のL. Watsonなどはそれぞれの国の国籍を持たない反捕鯨活動家であった。

より詳細に言うと、Francisco PalacioはマイアミのTinker Instituteという団体に属するコロンビア国籍の活動家でグリーンピースのコンサルタントでもあり、弁護士であるRichard Baronはその友人であった。 英国籍のLyall Watsonは「生命潮流」などの著書でも知られる一種の思想家であり、イランの故パーレビ国王の弟が率いるスレッショルド財団(Threshold Foundation)という資金豊かな組織の事務局長でもあった。 また、加盟国政府のコミッショナーにはならなかったものの、グリンピース会長のDavid McTaggartの友人であったバハマ在住のフランス人のJean-Paul Fortom-Gouinの存在も見逃せない。 もともとは投資関係のアナリストであったFortom-Gouinは、1977年にグリーンピース・ハワイが北太平洋でソビエトの捕鯨船に妨害活動を行った際に資金援助を行い、自らもWhale and Dolphin Coalitionという団体を率いて、当時まだオーストラリアで行われていたCheynes Beach Whaling社の捕鯨に同様の妨害活動を行っている。 70年代終わりにパナマの代表団にもぐり込んでIWCの会議に出ていたが、パナマが脱退した後は1982年からPalacioがいるセントルシア代表団に移っている。

投票権を持たない立場の顧問、専門家、通訳という代表団員ならまだしも、本会議において独立国家の意思表明手段である投票権を持つコミッショナーやその代理が外国人だったわけである。 たとえば、日本に在住していない外国人が日本の国連大使やWTOへの日本代表団の団長や副団長となって日本の代表として発言や投票をしていたら、たとえ日本政府の承認のもとであっても奇異であり、誰をどう「代表」しているのか考えさせられるが、少なくともモラトリアム採択前後のIWCはそういう事が行われる場所だったのである。

(2011年5月5日 更新)

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