戦後ハバロフスク裁判資料への疑問 - 儀右衛門の備忘録 - 歴史記憶の迷路を辿る

投稿日時:2020-06-26 21:49:14

『細菌戦用兵器ノ準備及ビ使用ノ廉デ起訴サレタ元日本軍軍人ノ事件ニ関スル公判書類』
外国語図書出版所モスクワ1950年 
英語版 

 

Materials on the Trial of Former Servicemen of the Japanese Army Charged with Manufacturing and Employing Bacteriological Weapons : Foreign Languages Publishing House : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive

Compilation of selected material from the Khabarovsk War Crime Trials,...

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★p170~ 日本語文書 『陣中日誌 平野部隊』 について

裁判の中でも、現在に至る通説でも、p174「特殊輸送人員」とあるものが「(捕虜やスパイの)特移送」を意味しており、うち石井部隊に送られた人員がいわゆる「マルタ(人体実験)」にされた証拠、としている。
さてそれは本当に「捕虜移送」を意味するのか?

 

出版側(ソ連)による解説ではこうなっている:

(第17冊─38頁) ”就中、1939年、囚人30名ヲ「特移扱」ニヨり、石井部隊ニ送致スル事ニ関スル関東軍憲兵隊司令官城倉少将ノ命令第224号ガ発見サレタ” 

    ※「特移扱」=人体実験対象のいわゆるマルタとされる人達について

 

部隊作成の文書、主要部分書き起こし

 

 

 

 

 

 

この文書は「昭和14年7月17日ー9月19日」とあるように、正にノモンハン事件の只中、「特殊輸送人員」とはスパイ捕虜の類ではなく、その逆の日本軍or関東軍の隊員のことで、追加要員・後方支援部隊あるいは特殊部隊を意味しているのでないのか。
文書中には「関東憲兵隊教習隊」とも書かれている。

その教習隊とはどんなものか、参考になる論文「関東憲兵隊の対ソ防諜」 http://www.npointelligence.com/NPO-Intelligence/study/pic1904.pdf

>斉藤供述(関東憲兵隊司令部警務部長 39.5 の憲兵隊長会議での指示、『侵略の証言』)モンハン事件の勃発により国内治安は其影響下に変化あるべきを予想せらる、依って左記事項につき、各隊は治安警備を強化すること
>防諜勤務者の教育を憲兵教習隊、偽満各警務機関教練所に於て実施す
(『侵略の証言』とは戦後中国共産党に捕えられ収容所で「供述」させられた、いわゆる中帰連関係者。「偽満」とあるのは中国からの視点のため)

つまり「平野部隊」の関東憲兵隊教習隊とは、ノモンハン戦闘地域そのものでなく満洲国全体の治安悪化への対応、いわばテロへの対処要員のように見える。
裁判では、その人員90名の中から30名を”石井部隊に交付”されたことを「特移扱い」=いわゆるマルタであろうと言っているのだ。戦闘日誌はその物証であると。

 

special consignments=特移、すなわち石井部隊への「マルタ」移送だと
※consignment=引き渡し、委託

 

書かれている「特殊輸送人員」のルートはこう。
山海関(駅)に到着~奉天~ハルビン(そこで人員90名のうち30名を石井部隊に交付)~孫呉

 

 

 

これが捕虜・間諜を移送するルートなのか?何のために?
やはり「憲兵隊教習隊」をテロ対策のため移動させているとしか思えない。
つまり、731部隊を糾弾する際に常に言われる、「特移扱=マルタという人体実験用」の証拠になどなっていない。


ただ、確かに「特移」は諜者・スパイ疑い、尋問必須の人物に対して使われていた用語のようではある。が、それが石井部隊に送られマルタの証拠であるとか、上記文書がその物証だとかは決めつけられない。
ソ連側は証拠を示すために「特殊輸送・石井部隊」の記述がある平野部隊日誌を持ち出して来たのではないか。

あと証拠とされているものは、ハ裁判での部隊員・関係者の自白供述や証言だ。ソ連による連行、抑留中の環境での自白を信じられるはずもなく。


参考に:

★平野部隊とほぼ同じ時期の他の隊の陣中日誌やノモンハン関連の文書がアジア歴史資料センター、アーカイブスに少なからず公開されている。
その一例 「歩兵第49連隊 速射砲中隊陣中日誌」 昭和14年7月17日~14年9月7日 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image-j/C13010470600 

これら同時期、同事案で使用される用語(例えば「人員」など)で類推できることがあると思う。

★戦後ソ連抑留関係。
後に731関連で重要人物となる人物の動向やハバロフスク収容所~ラーゲリの生活など、実体験者としてほぼリアルタイムで詳しく証言している。
 第005回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第14号昭和24年4月8日 https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=100514356X01419490408


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