> > 支那事変のころも、こんなものかな。
>
> 確か、佐藤振壽氏が書いておられた気がしますな。
> 長距離歩行には、重いので武器は持たなかったようですな。
>
扱いなれないと、拳銃も重たいでしょうね。
> 東史郎もそっち系でしたか。
> 昔は吉村昭を好んで読んで立派な作家と思ってたんですが、段々虚飾的なところが食傷気味になって。まあ小説は元から虚飾なんですが、「実話を元にした」と見せかけてるのがタチが悪い。
> 小説家は何を見ても「いかにエキセントリックな虚飾に持って行けるか」になってるんだろうと思います。
同感です。
文学などと崇高なものの様に持ち上げておりますが、所詮は文章売文する営利業にすぎませんわな。
売れて、著名になれば良いのですから。
まぁ、芸術家一般に言えることですが、
ただし、当方はそのここの作品に関しては、とやかく言える資格はありません。
東史郎の言によると、部隊長が文学傾向の強い方と書いており、戦時紀行文を軍の機関紙に掲載しようとしていたみたいです。
そこから察するに、閲覧を考慮した行きすぎた(想像による虚偽・感想など)表現なんかも生まれたのでは思うのですがね。
以前に一度紹介した山本武陣中日記などもそう言った人に読ませるためにインパクトのある過激な表現を使った様な気もします。
なるほど・・自省。確かに反省してはまた反省し過ぎなことを反省したり。良い方向に働けばいいですが、これが今でいう〇〇警察みたいなのになって拗らせると、主観妄想だらけになってしまう。サヨク脳はえてしてそうなのでしょう。
>論理的思考の欠如
そうなんですよ、思い込んだら理屈としてあり得ないことでも信じてしまう。
それを人間模様の深みのように見せたがる文学好み。
東史郎もそっち系でしたか。
昔は吉村昭を好んで読んで立派な作家と思ってたんですが、段々虚飾的なところが食傷気味になって。まあ小説は元から虚飾なんですが、「実話を元にした」と見せかけてるのがタチが悪い。
小説家は何を見ても「いかにエキセントリックな虚飾に持って行けるか」になってるんだろうと思います。
ベルt殿がのっけていた産経新聞のやつなんですが....
https://www.sankei.com/life/news/200811/lif2008110044-n1.html
何ですか...
虚偽。
ねつ造。
なぜか分かりません。
もともと自省が好きな民族なのかもしれません。
トヨタの改善や昔の職人技なども自省が元になってるおるからではないでしょうか。
南京に関してだけではなく、当時の日本人の中にも共産主義系の人々がいて、
そう言う「気質」に乗っかって、戦意を下げる活動を展開していたのではないでしょうか。
【戦時宣伝】としても重要な手法だと考えます。
東史郎、上羽武一郎、増田助六などは、戦争が起こった原因と戦争に巻き込まれた原因が全く理解できていないし、また、東史郎は、改造社と言う当時共産主義の温床だった雑誌の愛読者で、文学志向だったようで、
そんな人々が、「謝罪」=「反省」=>「平和」と言うような全く論理的な思考を欠如した論点がすり替わった状態で、日本軍を「悪」とみなしているようです。
こう言う思考の人は、最近では、ニューヨークタイムズに寄稿(2020年8月6日)した小説家の小川洋子と言う人物の記事などにも見られます。
https://www.nytimes.com/ja/2020/08/06/magazine/atomic-bombings-japan-books-hiroshima-nagasaki.html?ref=oembed
小説や文学が大きな影響力を持つことは否定しませんが、それはどちらかと言うと悪い方面へ向かうための場合に有効だったと考えています。
いわゆる「戦時宣伝」としての「小説」です。
戦前ですと、パール・バックがあまりにも有名ではないでしょうか。
中国人=善良で正直・素朴。日本人=狡猾、残忍。
と言うイメージを作り出すことに成功し、大きな災いを日米両国に起こさせることに成功しましたから。
> 余談になりますが、岡本綺堂の随筆で従軍記者について書かれたものがありました。
> 日清戦争の時は、従軍記者に関する規則は無く、記者は背広に帯を巻いて、刀を差して従軍したそうです。
> 日露戦争の時は、規則ができて、衣食住は軍が面倒をみる。将校待遇(大尉?)にする。ただし、軍の規則には従う。護身用に拳銃を持つといったことだそうです。(綺堂は日露戦争に従軍)
> 支那事変のころも、こんなものかな。
確か、佐藤振壽氏が書いておられた気がしますな。
長距離歩行には、重いので武器は持たなかったようですな。
ふと思ったのですが、日本人て同胞である同じ日本人が猟奇的殺人鬼になる、となぜ簡単に信じ込めてしまうのでしょう。
サヨク一般はイデオロギー優先でそうなってるとは思いますが、例えば吉村昭『蚤と爆弾』(他にも日本軍暴虐を扱ったものありましたね)、村上春樹ら知性豊かとされてる人達が率先して凄惨な行為を描いている。
村上とか読んでて腹立ちますが、それとは別に、日本にあんな悪い奴らがいたんだ、鬼畜がいたんだ、世間に知らしめねばという熱は感じ取れます。
一般でも、例えば当事者とされる将兵であっても、南方で友軍兵が食人やっていたと思い込んでる。ヘビだったと言っても聞かない。
南京挹江門でも折り重なる遺体を見た後発部隊の兵士で「(自軍が)やっちまったな」と思ったとかもある。
シブタさんが書いておられる「常州近辺の日本軍の蛮行」も果たしてほんとに日本軍だったのか。遺体がそこにあるだけでは分からない。
1943年若杉参謀こと三笠宮殿下も、外からの噂や国府軍プロパガンダ映画の内容を信じてしまわれた。綱紀粛正のための演説、キツイお説教をされたそうだが、心当たりがないので将兵誰もがポカーン状態だったとか。
もう枚挙に暇がないほどそういう例が多いです。自軍がやった可能性があるとしても証拠があがるまで保留にするとかでもなく、ほぼ確定かのように自省?自虐に向かう。
自虐というより仲間内の他罰?
現実を考えてみたら自分近くの町内でその手の鬼畜行為やりそうな人がいるか?
もし通り魔や凄惨事件があったとして、ほぼサイコパスや精神おかしいと感じるのが普通でしょう。
集団の中に鬼畜が一人いたとして、普通には周囲が何とか止めようとすると想像できます。
あの辻政信も異様な不当命令出して止める人がいた場面が何度かあったらしい。で辻自身ですら自らの手で鬼畜行為をやったわけでもない。
なぜ日本人同士で信じられないんでしょう。何か日本社会の精神的傾向とか何かあるのかな。
素朴というか稚拙過ぎる疑問ですが。
今日からしばらく消えます。次の日曜日に出てきます。
余談になりますが、岡本綺堂の随筆で従軍記者について書かれたものがありました。
日清戦争の時は、従軍記者に関する規則は無く、記者は背広に帯を巻いて、刀を差して従軍したそうです。
日露戦争の時は、規則ができて、衣食住は軍が面倒をみる。将校待遇(大尉?)にする。ただし、軍の規則には従う。護身用に拳銃を持つといったことだそうです。(綺堂は日露戦争に従軍)
支那事変のころも、こんなものかな。
軍紀の乱れを気にしているわけですね。