国立国会図書館デジタルライブラリーからまた凄いものを見つけました。
約80年前の内地(日本国内)と朝鮮半島の朝鮮人を分析したもの。
フィクションが入る可能性がある民間人著者でなく、大阪市の職員が報告として纏めたものなので丸ごと信用できる。
書かれている内容の説明はそのまま現在に当てはめても何の違和感も無い。
彼らは全く変わっていない。
特に大阪市内がどうやって今に至っているかが察せられて恐ろしい・・・
私が新字体に直したものでよければ引用や拡散など、コピペして自由にご利用下さい。
(著作権切れの公開資料なので何の心配も無いです)
デジタルライブラリーへのリンク
[大阪市]社会部報告. 第123号 なぜ朝鮮人は渡來するか
大阪市社会部労働課
編出版者 大阪市社会部労働課
出版年月日 昭和2至10請求記号
一体朝鮮というところは妙な風習を持つ国柄で、昔より他人の所有地殊に市街地近郊に於ける空き地に、所有者に無断で住宅を建てても一般に黙認する習慣があったようだ。
いな、ある時代には官有地公有地にして不毛の土地には寧ろ住宅を建てることを奨励したこともあったとさえ言われている位であるから、この長年の習慣が朝鮮人の頭から土地自他有の区別を奪い去ったこと勿論で、彼らは今日においてもなお空き地さえあれば所有者には一切お構い無しにドシドシ家を建てていく。
しかもその家たるや言うところの土幕であるから、建造費も安く誰にでも容易に建てられるし、その上彼らの生活にはぴったりと当てはまっているから高速度に増加する。
これを内地特に本市(大阪市)の実情について見るに、朝鮮人来住者が市有地あるいは民有地を無断無料で使用し、しかも平然としてそこに居住する訳がうなづかれる。
これらの例が示す如く、彼ら朝鮮人借家人は朝鮮にあっても内地にあっても殆ど例外なく家賃については無頓着である。
単に無頓着なばかりでなく、借家に入ったが最後大勢の仲間を呼び入れて酒は飲む喧嘩口論はやる、南京虫はわかす、畳はやぶる、戸障子は持ち出す、油断をすれば床板を外して薪代わりにするといった風な全く手のつけられない不心得者が少なくない。
そこで朝鮮人の借家申込みといえば、どの家主もおぞけを振るって警戒するというのが本市の現状で、朝鮮人の借家受難の真原因もまたそこにあるが次に揚げる大阪毎日の記事を一読することによって更にそのことが確信づけられるであろう。
(大阪毎日の記事)
「青木幸一こと金学奉(25)、杉本松太郎こと林基成(35)の両名は失業で困っている内地人〇と〇を手先に使いーー略」
「家主が行ってみると内地人に貸したはずの家に(注・失業者の日本人を使っている)朝鮮人が27,8人もゴロゴロしているという始末に驚いて「出てくれ」というと「立退料を出せ」と頑張り結局家主は早く出て貰いたいから泣き寝入りとなって立退料を出す、それをいいことにして本年2月頃から住吉区東天下茶屋岩橋、北区東野田町2丁目竹村、同中野町3丁目中島、同与力町田節、同小橋町大鋸などの家主から立退料をせしめたのであるが、〇、〇の両名(利用された日本人)は3円ないし10円の手数料を貰っていたもので同署ではまだ他にも被害がある見込みで取り調べ中である。」
内地ことに本市(大阪市)付近に於ける朝鮮人労働者の殆ど総ては感情に激しやすく、少しの言葉の行き違いや感情のもつれに対してもすぐさま竹槍隊や棍棒隊を組織する、賭博や酒や女を原因として物凄い血の雨を降らすことは新聞紙が毎日報道しているというわけで、とにかく朝鮮人労働者は物騒がられている。
従って在阪朝鮮人労働者の失業もだいぶこの物騒さに祟られいると見ることが出来るが、それにしても朝鮮ではあんなに従順な労働者が内地に来るとまるで別人のように粗暴な振る舞いをするのは全く不思議である。
土幕所在の土地所有者について見ると、次表に示すごとく全戸数の約6割強は国有地または公共団体の所有地、約4割弱は民有地に打ち建てられているという風で、これによるも土幕民がことごとく他人の所有地を無断無料で使っていることが分かる。
そして朝鮮人来阪者の多くが本市における空き地のここかしこに無断でバラックや掘立小屋を建てて何日も多くの地主をやきもきさせながら、しかも平然としているのもこうした習慣によるのであるが(略)
「朝鮮人の群集性」
内地の文化生活を夢見つつはるばる海峡を渡って本市へ流れ来る朝鮮人は、年々決河の勢をもって増加しつつある。しかし釜山埠頭で結んだ彼らの甘夢はその内地移住と共に見事に裏切られて、貧困と争闘のうちに喘ぎつつあるのが殆ど例外なき彼らの哀れむべき現状である。
何が彼らをそうさせたか、我々はその原因の一つとして朝鮮人の群集性を見逃すことは出来ない。
即ち彼らはその群集性にわざわいされて内地人と融和し或は内地の文化生活に均霑(きんてん・等しく潤うこと)を得ないのである。
言う所の群衆心の特徴は衝動性の激しいこと、妄信的かつ被暗示的であること、誇張性の強きこと、残忍性の強気ことである。
いま朝鮮人の性情を見るに、彼らは天性付和雷同性を有し、闘争を好み、議論を喜び、よくこれら群衆心の諸特徴を具えている。(略)不平不満を解決せんとするいわゆる新人主義者あり、常に巧みに群衆を扇動利用して自己の名と勢力を扶植(ふしょく・植え付ける事)するに汲々たるものが少なくない。
(朝鮮半島の様子)
何かの事故で誰かが交番に連行された場合には、直ちに黒山のような群衆が現れる。そして警官との小競り合いが始まったような時に、もし誰かが警官の横暴または暴行を加えたなどの言句ことに「内地人巡査が我が親愛なる同胞を殴打してまさに死に致さんとしている」というような事を揚言すると、群衆はたちまちこれを妄信し遂に一個の集団を作って交番所を包囲しあるいは投石、破壊、闖入(ちんにゅう・無断で入ること)、犯行などの暴挙に出て制止すべからざる危険団と化するのが常である。
彼らは殆ど衝動的に付和雷同性を有し、事ごとに群衆を構成して粗暴なる行動に出づるを常とし、労働争議に、借家争議に、あるいは学童が殴られたとか、、老婆が轢殺(れきさつ・車にひかれること)されたかといえば、直ちに仲間を糾合し団結の威力を示して不当なる要求をなす風がある。
僅かな言葉の行き違いや感情のもつれのために互いに徒党を組んで相争い、女や酒を原因として血の雨を降らすというような粗暴残忍なことも敢えてする。
かかる事実は日々新聞紙の報道するところであって、実例を摘記する。(この後、住所など明記して報道内容記載あり)
日韓併合後既に20年の星霜を経たるも彼我の融和は容易に成らない。
朝鮮併合の主旨より推せば彼らを保護指導するは我々の義務であるが、我々が理解と同情をもって彼らに教えんとするも、彼らはいつまでも古い民族的偏見を捨てず我々の親切なる忠告をも入れようとしないで、もっぱら小天地に跼蹐(きょくせき・びくびくすること)して他を排斥しがちである。
その結果は貧困と争闘を繰り返すに過ぎないのであるが、かくの如きは決して彼らの真の幸福を得る道ではあるまい。