1905年に書かれた『裏面の韓国』ー豚犬的生活って・・・ - 歴史記憶の迷路を辿る ブログ・アーカイヴ

投稿日時:2014-07-23(01:02) | カテゴリー : 韓国・朝鮮

先日の続き

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「裏面の韓国」
沖田錦城 著
輝文館 出版
明38.4 (1905)

ライブラリー裏面の韓国 

デジタルライブラリー 元資料

(私個人の主観で重要と思われる箇所、興味深い話の箇所だけを書き出しますので悪しからずどうぞ)

〇極東の秘密国 
韓国の人口は幾らあるかと言えば或は一千万と言う者もある。或は一千二百万人、或は一千五百万人、或は二千万人とも言うが、韓国政府の統計に拠ると一千万は無いようである。
これはいかにも奇怪な話でとにかく一の独立国が自国人民の統計を持たないのであるからその国の価値も判断せられるであろう。例えば一家の主人がその家族の頭数を知らんと同じことで一国の主人公たる韓国政府がその家族たる国民の頭数を知らぬような頓馬な政府であるから、国家の財政計画を立てるなどの事が出来得べき筈がない。

然るに今日までの多くの識者は韓国政府に向かって財政の改革をせよだの或は教育の普及を計れだの軍備の拡張をせよなどと言っているが、これは余程韓国政府を買いかぶった議論で、自国国民の頭数さえ知らぬ政府が如何にしてこれら大問題に対して計画を立つることが出来よう。
これらはとにかくとして、その人口は何も拠るべき根拠が無いから確たる総計を得ることは至難であるが、種々の点から調べてみると先ず千二百万人くらいの人口が確かだろうと思われる。
元来韓国は甚だ幼稚で未だ農業国にも至れない有様であるから今日の所、第一着手してやるべき事業は土地の開墾農業の改良などであろう。





〇亡国の縮図
「アララン、アララン、アラリーヨー、アララン・・・・ダーナカンダ」
この歌は韓国八道いたるところ都鄙となく老幼となく一般に啼唱さる俗歌であって、よくこの国の状態を写し一種亡国の韻を含んでいる。(略)
半島の風物中最も断腸の感慨を惹くはこのアララン歌曲に越すものはあるまい。
さてこの歌の大意「アララン」とは唖聾の義にて即ち唖や聾であれば唖聾なるかな、唖聾なるかな、天下の人は皆この唖聾となり総て国家の事には耳を塞ぎ口を禁じ、我から門外漢のとなり全く世と断ち離れ世間の嫌疑を避け、面白ろ可笑しくその日を遊び暮らすのが人世の得策である。あの聞慶(ぶんけいー慶尚道)の鳥嶺(ちょうれい)という山に生えているバクタルという樹はホンドツケという砧(きぬた)やパンマーニと称する着物を巻く物となって八道に供給されるではないか、という意味を謡ったのだ。
この歌が如何に韓国人の韓国人なるところを発現しているいると言うは、一度かの地に渡った者の首肯ところで、無気力な無精神な無主義なかの国民の思想もほぼ察せられ、哀れ亡国の状が尽くされている。

元来この歌は余程古い歌で今日までもその流行が少しも衰えないのはこの内に一種の魔力があるからで、つまりこの歌を盛んに謡っている韓人その者を支配するある物があることを認める事が出来る。
それは何物かと言えばアララン主義、換言すれば隠遁主義、事なかれ主義、小心翼々主義とでも言うべきもので、うっかり国家の事でも言い出してとんでもない嫌疑を受け一身一家の敗亡を招くような事があっては大変、国家だの社会だの公共だのとそんな大それた事には耳を傾けず目を貸さず、つまりアララン主義を固守してただ一身一家の安逸を計るのが策の最も得たるものと信じているのである。

斯くの如き歌の流行する限りは韓国は到底その発達を見ることは出来ない。故に吾輩は断言する。
韓国の改革が出来て再び日月の光を仰ぐ時期があるとすれば、即ちこのアララン歌曲の絶滅に帰した時である。
アララン歌曲は最もよく韓人の特性を発揮して、単純なるその頭脳を出来得る限り殺風景に、また卑屈に変化せしめたる一大勢力と謂うべきものである。




〇豚犬的生活 (一)
人もし釜山あるいは仁川の港に上陸せば、日本居留地の外れる辺りに豚小屋に均しき草葺き土塗りの倭屋(わいおく)三々五々として連なり、煙草煙管、駄菓子、草鞋、明太魚の類を地べたや軒先の嫌いなく無造作に並べ、牛豚魚肉を屠りて煮立て、そこには穢らしき白衣の韓人群衆して、喃々怪しき語音を弄し、声高に罵り騒ぐを見ん。
而して一種言うべからざる異様不快の臭気がプンとして鼻をつき、初度の人ならば大概な人までがびっくりして殆ど通過に堪えざるの思いをなし、未だその全部を見物するの遑(いとま)なくして早や勇気を失い、早々にして逃げ帰るもの、恐らく十中の八九であろう。
しかしかような人は大抵ともに韓国を語るに足らないので、事業をやっても直ぐ失敗、続いて失望、落胆・・・
最初韓人町よりほうほう逃げ帰りたるそれの如く、倉皇(そうこう・あわてて)逃げ出すは必定である。
韓国の韓国たるところは未開化な野蛮な不潔な臭いことして貧乏な処に籠れりと言うべきで、この臭い穢い野蛮な貧乏な特徴だけを取り除いてしまったら、差し引き何物も残らぬ訳で、つまりその旨味・・・買い処もそこに潜んでいるのであるから、具眼者はそこを買って貰わねばならぬ。




「豚犬的生活」は(四)辺りからかなり面白くなります。
食事の前後は読まない方がいいっていう感じの面白さですが

後日少しづつ挙げて行きます。




どうぞよろしく

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